「きょうは地元の友達と飲んで帰るから」
久しぶりに取り出したスパイクの大きさを確認しながら、朝食の片づけを終えた充希君にそう告げる。
足にはめてみれば問題なくすっぽりと俺の足を包んでくれた。
(これなら大丈夫そうだな)
「不惑ラグビー(※:40歳以上の選手で構成した草ラグビーのこと)の体験でしたっけ?」
「うん、地元の先輩が誘ってくれてね。選手として引退してずいぶん経つから参加するか悩んでたんだけど、見学して一緒に酒飲むだけでもいいって言われてさ」
「そうですか、楽しんできてくださいね。あ、終わったら迎え行きましょうか?」
「いいよいいよ、そんな遠くないし」
荷物を携えて地元の運動場までちょっと歩く。
ちょっと距離はあるが天気もいいし、運動不足の解消にはちょうどいい。
「お、竹浪!こっち!」
「ひさしぶり」
運動場の入り口では誘ってくれた先輩が手を振って俺を出迎えてくれ、ちらほら見覚えのある顔が俺を出迎えてくれる。
「そういやこのチームってうちの高校のラグビー部OBがメインなんだっけ」
「他所の学校でやってた人らもいるけどな。言い出しっぺがうちの高校のOBなんで、自然と同じ高校の人間が多めになったらしい」
ある程度人数が集まったところでけが予防のストレッチから始まり、ランパス・ステップ・キックなど一通りの練習を行う。
ちなみにタックル練習も行うが、けが予防の観点から年代ごとに別れて行われる。実際の不惑ラグビーも自分より上の世代へのタックルに制限があるらしい。
2時間もやるとすっかり身体が悲鳴を上げてしまい、自分の加齢を痛感してしまう。
「竹浪だけレベルが違うわ」
「40半ばぐらいまで社会人で現役だったんだべ?」
それでも口々に褒められるのは悪い気がしなくてにんまりしてしまう。
そんなへとへとの身体をぐっと起こせば、久しぶりの芝とラグビーボールの匂いが心地よい。
(……不惑ラグビーやってもいいかなあ)
そんな事をぼんやりと考えていると「練習終ったし飲み行くど!」という声が響いた。

***

飲みに行く先は近所の昼営業の居酒屋だ。
「「「「「「カンパーイ!」」」」」」
さっそく出された冷たい生ビールが火照ったからだにしみわたる。
つまみで頼んだイガメンチと嶽きみのかき揚げもビールによく合うので、全員箸が良く進む。
追加で頼んだ刺身や地元産のソーセージもしみじみ美味い。
(今度充希君ここに連れて来てもいいかなあ)
郷土料理メインの居酒屋さんだから都会っ子に馴染みのない味を楽しむにはうってつけだろう。
俺は料理そんな得意じゃないから教えてあげられないし、こういうの食べたいときはいつもスーパーで買うか兄嫁さんのおすそ分けで食べることが多いからなあ。
「そういやさぁ、竹浪って今自分の子どもくらいの若い男っこと住んでるって聞いたけどほんとか?」
顔見知りが俺にそんな事を聞いてくる。
「若い男っこ?」
「娘の旦那とかじゃねえの?」
「ただ単に知り合い住まわせてるとかだろ?」
「自称竹浪豊の夫らしいぞ」
やんややんやと言いたい放題の知り合いたちに対して、俺は素直に答えていいものかとちょっと考える。
(素直に言ったら友達減りそうだよなあ)
ここに居るメンバーのうち半分近くが俺の高校のOBなので、ここで素直に言ったら横のつながりで同級生にもバレる。
そうなると最悪の場合、地元の知り合いほぼ全員から付き合いを切られるという状況になりかねない。
(……まあ、全員に付き合い切られるって事は無いと思いたいんだけどなあ)
前にねぷたで遭遇した同級生に充希君のことを話したことがあるが、その時は引かれるという事は無かった。
充希君は最悪この地で人脈作りに失敗しても東京に帰るという手があるが、俺はここで人脈が崩壊すると故郷を捨てることになる。
「で、どうなんだ?」
「住んでるよ。死ぬまで連れ添う予定の子と」
思ったよりも言葉はするりと口から出た。
最悪友人を失っても兄夫婦は俺と充希君を認めてるし、完全に人脈が崩壊することはない……と思いたい。
「東京で若い子たぶらかして……」
「お前男好きだったのか?!」
「どんな子だよ?」
酔いに任せて思い思いに飛び交う言葉は呆れと衝撃と好奇心でてんやわんやとなっている。
俺と親しくない人の中には否定的だったり嫌悪感を見せる人もいたが、俺と親しかった人たちはそこまでドン引きしていないのは救いだった。
まあ自分の子どもと同じ歳の、それも男の子という点に多少引っかかるものを感じている奴もいたがそれはもうどうしようもない。
「俺がたぶらかした訳じゃなくて、あの子が俺を好きだって言うからほだされちゃっただけ」
「惚気てんなァ~」
酔っ払いは遠慮なく俺の背中をバンバン叩きながら、充希君のことをああだこうだと聞いてくる。
俺の打ち明け話と言うパスがしっかりと受け止められ、そのパスはたぶん色んなところで飛んでいく。
それによって充希君も俺も、それ以外の人たちも傷つかずに済むかどうかは、俺がバスをした彼らにかかっている。


作中で軽く触れられている豊さんがねぷた祭りで同級生と遭遇したエピソードはこちら
風呂入ってたら急に思いついたので勢いに任せて書きました。結局カミングアウトってする側よりされる側のほうに比重がかかるからする側からするとほぼ賭けだよね……