ちょうど桜が満開だと聞いたので、散歩がてら弘前城に行くことになった。
「平日なのにすごい混んでますね?」
「タイミング的にしょうがないよ、土日はもっとすごいよ」
俺が若い頃はもうちょいマシだった気がするけど、これもまあ時代の変化なのだろう。
場内へ一歩足を踏み入れると、そこは春の王者たる桜が視界を埋め尽くすほどに咲き乱れる楽園の景色に早変わりだ。
「……すごい」
「ここの桜って専門の職人さんが一本一本面倒見てこんな風になってるんだよ」
「手間をかけて作り上げた景色なんですね」
高校を出てから東京と福岡で暮らしてきたが、ここに勝る桜はどこにもないと思う。
地元びいきと言われればそうかもしれないが実際そう感じるのだからしょうがない。
桜の花びらを追いかけるように人ごみの中を歩き出した彼を追いかけるように歩を進めていると、一瞬ぶわっと強い春風が吹き付ける。
その桜吹雪の中で佐藤充希という青年が溶けるように消えそうになって思わず手を伸ばした。
手を掴まれた瞬間にふっと意識を取り戻したように俺を見てから、周囲の景色に目を向けてそこでようやく自分が移動していたことに気づいたようだった。
「すいません、ちょっとぼんやりしてました」
「……いいんだよ」
前に冬湖が1人で桜を見に行った時に『弘前城の桜って本当に人を攫いそう』と言っていた理由が分かった気がする。
この桜色の空と人ごみの中でなら人ひとり簡単に消えてしまいそうなのだ、ましてこんなにも非力で小奇麗な子ならば尚更。
「なんか、いい匂いしますね」
「たぶん屋台村の匂いかな」
うっかり消えてしまわないように、と手を取ると充希君は嬉しそうに笑いながら指を絡めて手を握り返した。


今更過ぎる桜ネタでした。季節外れですがなんか急に書きたくなったので