年下の可愛い恋人と喧嘩をした。
理由は俺がちょっと充希君の仕事に口を挟みすぎただけ。
「……専門職だもんなあ」
充希君はスポーツ(特にラグビー)のデータ分析を専門家ということで、仕事に随分と煮詰まっているようだから手伝うつもりで色々口を挟んだら怒られたのだ。
それでちょっと頭を冷やしに散歩に出ると、やっぱ俺が悪い気がしてくる。
「専門家の仕事に元選手とはいえ素人の俺が口挟んだのが悪いな」
それに充希君は日本では未開拓分野だったラグビーのデータ分析の第一人者として自分の専門にプライドがある、そこを年上の俺が察してもうちょっと言い方を変えたほうが良かった。
ふと前を見上げると道の向こうに弘前城、さらに初雪もちらついている。
どうやら随分歩いてきてしまっていたらしい。
(そういえばひーちゃんは、仲直りするときはお茶淹れてくれたっけ)
うちに帰って温かいものでも入れてあげよう、と思った矢先に甘く香ばしい匂いがしてくる。
地元のお菓子屋さんから香るその匂いにふらりと引き寄せられるように歩き出した。

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「ただいま」
仕事部屋の入り口を少し開けて声をかけてみる。
小声で唸りながらキーボードで数字を叩き、抽出した数字を図式に置き換える作業に没頭していた。
(あ、俺の言った事取り入れてくれてるんだ)
俺がいない間に思う事でもあったのかもしれない。
まあ彼ももういい大人だ。俺の言い方が腑に落ちなくても、有効だと思えば行ってくれるのかもしれない。
そしてお菓子屋さんで買ったアレをを取り出すとふいに視線がこっちに向いた。
「アップルパイ……」
「うん、ひろさきふじの焼きたてアップルパイ。充希くん用にシナモン抜きのやつ買ってある」
俺はアップルパイにシナモンがあっても無くても気にならないけど、シナモンがあまり好きではない充希君はシナモン抜きを好んで食べていた。
そして一緒に購入したのはホットココア。ボトル入りの奴だけれど、ふいに恋しくなって自販機で2本買って帰ってきたのだ。
ゴロゴロと椅子を部屋の入り口のほうに動かすと、俺を部屋に招き入れてくれる。
難解な統計学の本やラグビー本に包まれたその部屋の俺用のスツール(本を借りるときに使ってる)に腰を下ろす。
「いい匂いします」
「ちょうど焼きたて買えたんだよ、ココアもあるよ」
「ココア……久しぶりですね」
「大人になるとあんまり飲まないよね」
キャップを外してから渡すと熱いココアを火傷しそうなほどの勢いでぐびぐびっと飲んだ。
「……さっきはすいません。顧客に伝わるものを作るって、当然の指摘ですよね」
「ううん、ちょっと俺もプライド傷つける言い方したかもなって反省したよ。それに意外と伝わるものを作るって難しいもんね」
社会人時代は法務部でトラブル対応していたので分かるが、世の中にはどれだけ骨を折って説明しても話がかみ合わない人と言うのがいる。
そういう人にもある程度納得して貰えるように伝えるというのは本当に難しい。
「このアップルパイ、美味しいです」
「ならよかった」
ぽつぽつと語り合いながら食べるココアとアップルパイは何よりも心を温めてくれる。
そう思えば喧嘩も必要なことなのだ。



ココアを久しぶりに飲んだので思いついた話