「これがねぶたなんですねえ」
金曜日の夜の弘前の街を祭り人のにぎわいでうめている。
扇形の武者絵から灯される光が街を灯し、太鼓の勇壮な響きが夜を井戸ロっている。
「ねぶたは青森市のほうのやつを指すからねぷたね」
「あっ」
青森で初めてのねぷたの夜なので仕事終わりに合流して見に行こうと約束してから何度も修正している言い間違いに、充希君が苦笑いで答える。
「でもねぷたってかわいいのもあるんですね。ほら、金魚」
「金魚ねぷたの大きいやつだな」
そう無邪気に指さしながら嬉しそうにしているのを見ると、この街についてくれた事への愛しさが一段アップする。
好きな人が自分の好きなものを好きになってくれるのはやはり嬉しいものなのだ。
(そういや、ひーちゃんも秋恵も初めてのねぷたの時はたげいい顔してなあ……)
若かりし日の妻や子ども時分の娘たちのことなどをふと思い出しながら歩いていると、遠くから香ばしい匂いがしてくうっとお腹が鳴る。
「夕ご飯、屋台ものにしようか」
「じゃあ焼きそばにしましょう、並んできますね」
「俺は酒でも買いに行こうかな?」
近くの酒屋を指さすと「終わったら行きますね」と答えてくれる。
地元の酒屋もお祭り仕様で、軒先に酒を並べカップや氷水で冷やしてくれている。
しかも一番高い酒もカップに入れて売ってくれるのもありがたい。
「豊盃のつるし酒大吟醸1杯とホタテ貝柱ひとつ、あとは青森エールとたんげめって奴を2本づつ。ビールのほうは後で飲むから袋入れてもらえます?」「はいよ」
さっそくの日本酒をちびりと口につければ、幸せな味がふわっと広がってくる。
(これ気になってたけど高くて買えなかったんだよなあ……)
つるし酒は昔ながらの搾りかたで味が全然違うと聞いてたけど、確かにこれは違う味がする。祭りの場で飲む酒はなおさら旨い。
「……もしかして竹浪くん?」
そう声をかけてきたのは幼子の手を引く自分と同年代の女性だ。
ちょっと古いデザインの眼鏡の奥のまなざしにはなんとなく覚えがある。確か10年くらい前に高校の同窓会で見た記憶がある。名前は確か、そう。
「新山はる恵さん、だよね」
「そうよ、高校2年の時同じクラスだった。15年ぶりかしら」
50歳の記念に行われた同窓会以来なのでそれぐらいになるだろう。
「よくわかるもんだなあ」
「竹浪君は身体が大きいし男前だもの、すぐわかるわ」
柔らかく微笑みながらそう答える。
「隣にいるのはお孫さん?」
「そうよ、孫の陽生っていうの」
視線を向けてみるとちょっと人見知りなのか、新山さんの背中に隠れてしまう。
これぐらいの子どもならよくあることだとほのぼのした気持ちになる。
「にしても戻ってきてたなんて知らなかったわ。一人で来てるの?」
「こっちに戻ったのはつい最近だから」
そんな立ち話をしていた時に「豊さん、」と声をかけてくる。
充希君が両手に焼きそばやトウモロコシを持って戻ってきたのだ。
「あら、息子さん?」
「いや違「竹浪豊の夫の佐藤充希です」
何の躊躇もなく夫を名乗った充希君に「あらまあ」と声をあげる。
こっちに戻ってきてから充希君は自分が竹浪豊の夫であることを隠さない事を選んだ。
東京にいた時は信頼できるか否かを見極めてから伝えていたが、こちらでは俺と付き合ってるという事にドン引きする人とは最初から付き合わなくてもいいと割り切ることにしたのだ。
「こんなに若い男の人と?うちの息子と歳変わらないじゃない」
俺と充希君が付き合っているというと必ずみんなそう言う。
このリアクションが怖くて東京にいた時はいつも相手の反応を探ってからでないと言えなかった。
俺のような田舎の人間は田舎のコミュニティの怖さを知っているので言うとあらぬところに伝わることを知っている。充希君にもそこは伝えてある。
でももう俺も定年して後は棺桶に入るのを待つばかりの年寄りで、充希君が自分の今までをなげうってこんなところまでついて来てくれた。だから俺はそれに応える義務がある。
持っていた日本酒を一口飲んでからゆっくり息を吐いて言葉にする。

「……若いし同性だからびっくりするだろうけど、付き合ってるのは本当だよ」

新山さんは俺の目で本気だと気づいてくれたらしい。
「残念だわ、こんないい人なのに」
「僕も豊さんがすごくいい人なのは知ってます、だから結婚したんですよ」
にこっと笑いながら俺と恋人繋ぎするのを見せつけてくる。
充希君の言う結婚は厳密にはパートナーシップだけどそこはおいといて。
「私、同窓会の少し前に夫と死別してねえ。竹浪君いいなって思ってたんだけど……あの時声をかけておけばよかったわ」
新山さんの足元にいたお孫さんが「といれ」と口にしたのを機に自然と別れる。
有料観覧席にたどり着くと予約していた二人分の席まで手をつなぐ俺たちにちらりと後期の視線が飛んだ。
「充希君、」
「はい?」
「俺は君と暮らしてた思い出しか残せないって思ってたけど、俺たちが一緒に暮らしてることを覚えてる人は残せるんだね」
あと一緒に暮らせてもせいぜい10年ぐらいだろうけれど、その10年を覚えてくれる人がいることはきっと幸せなことだろう。



弘前のねーちゃんから豊盃が届いたんですけど、ねぷた情報も一緒に摂取しちゃったものだからこんな話が思いついちゃってですね……