毎年4月の終わりになると、佐藤家の庭にはそれはそれは大きな鯉が出没する。
「相変わらず大きな鯉のぼりだね」
充希くんの家に遊びに来た俺はその大きな鯉のぼりのはためくさまに目を見張る。
実家も鯉のぼりはあげていたがこんなに大きくはなかったし、福岡の家はそもそも鯉のぼりを揚げられるほど庭が広くなかった。
「毎年あげるの大変なんですよね、もういいんじゃないかと思うんですけどご近所さんの名物になっちゃってるんで辞めるにやめられなくて」
「確かに名物にもなるだろうね、こんなに大きいとさ」
ただでさえ東京近郊で鯉のぼりを揚げる家は珍しいのに、大人二人分の背丈はあるという巨大鯉のぼりとなればいやでも目立つし名物にもなるだろう。
「まあ、これも今年が最後ですしね」
「そうなの?」
「うちにある古いもの、博物館に寄贈するんですよ。ほら僕が豊さんと一緒に生きるってなると継いでくれる人もいませんし」
佐藤くんが青森へともに行くと決めたのは今年の春、最近はそのための準備の一環として家の中を整理しているのだと言っていた。
「そっか」
「鯉のぼりもひな壇もどうするか悩んだんですけどね。何代も引き継いできたので捨てるのはさすがに忍びなくて」
「年代物なの?」
「箱には昭和10年とかってありましたね」
「……それは忍びないね」
戦前から引き継がれたとなると確かに捨てるのは忍びない。
逆に言えばそれだけ古くて歴史ある家を途絶えさせてしまう原因が俺であることが何だかひどく申し訳ない気分になってしまう。
「もう空を飛ばしてやれないですけど捨てられるよりははるかにマシですし、僕が引き継げないなら引き継げる人を探すのが末代の責任ですからね」
カラリと笑っているけれどやはり俺はこの子にとんでもないことを決意させてしまったな、と思い知る。
「だから僕から逃げないでくださいね」
「逃げるのは充希君のほう、ではないもんね」
俺の首に手を回し顔を寄せて軽く互いの唇が触れる。
仏壇のほうから風邪とは思えないほどの冷たい空気と不自然な音がしたのは気のせいだろうと思いたい。
「なんか今仏間から音しませんでした?」「やっぱり?」
……後で仏間と墓場に誠心誠意詫びに行こう。



鯉のぼりの話のはずがご先祖様の話になってた。微妙なホラー落ちになったしな……