台本作りが進まないとき、怒られない程度に大きな音量で延々と洋楽をかけてると仕事が進む。
親父さんと親しかった芸人さんから教わったこの方法を使うと不思議と筆が進むことが何度かあった。
しかし、いま。
「全然進まねえ……」
嫌になってきてCan't Take My Eyes Off Youを止めると部屋はしいんと静かになった。
窓を開けて晩秋の冷たい風を体に取り込むと気分は楽になった。
そもそも、今回のお題が恋愛コントなのが最大の悩みの種だった。
年末特番として≪若手から中堅まで実力派芸人が集合して台本とやる側を入れ替えて挑戦≫という趣旨の番組にスペース☆イケメンの出演が決まり、番組合わせの新作コント台本を私に丸投げされたのだ。
依頼主は番組制作側だが私のことを制作側に紹介した岸菜先輩のへの気遣いもあり、落とすに落とせない仕事なのだがそういう時に限ってそのコントのお題が面倒なお題なのだ。
「令和日本の恋愛についてコント作ってと言われてもなあ」
井澄という好い仲の男は出来たが相変わらず私自身は恋愛と縁遠い身である。
昨今の恋愛事情についても色々調べてみたが、いまいちいいものが出てこない。
聴取層から勘案して独身非モテネタはやっても受けないので避けるつもりでいるが、同性愛コントも他の人と被りそうな上わりと炎上しやすいネタなので使わない。
色々考えた挙句『ネットで知り合った顔も名前も知らない人と付き合ってる男が空回りしてるのを、友人である男が突っ込む』というシチュエーションで書いてみようかと思い至った。
だがそこから先がてんで駄目なのだ。
ぼんやりと窓の外を見ていると井澄から電話が来た。
『智幸さん生きてる?』
「勝手に殺すな」
『だってさっき電話かけても繋がらなかったから』
「悪い、たぶん音楽流してて聞こえなかったんだと思う」
ドラマ撮影で一昨日から茨城のどこぞに行っている井澄は日に一度か二度は電話を寄こしてきた。
作品のタイトルは忘れたが、夢破れて田舎に帰った男が初恋の人と再会したら性別を変えて男になっていたという話だったか。
「というか井澄お前ちゃんと仕事してるのか?」
『してるよ!』
「ならいいや。……あとこれはあくまでコントの取材として聞いて欲しいんだけど」
『なあに?』

「好きな人がどんな姿であっても好きになれると思う?」

私がもし井澄の好みの姿をしていなくても、初恋の人の性別が変わっていても、人は人に恋できるのだろうか。
病気のせいでこんなに醜くなったので一生恋なんか出来ないだろう、と諦めていた時間が長すぎて恋愛というものがもう分らなくなってしまった。
『わかんない』
「素直だな」
『可能性の話されても実際そうなってみなくちゃ分かんないもん、俺はずっと太ってる女の子しか好きになったことないから痩せてる女の子が好きな俺が想像できないしそうなった自分を撮影を通じて疑似体験は出来ても俺自身の事じゃないからわかんない。
これがこの仕事の隙間時間に考えてて出た結論』
「……なるほど。そのわからなさをコントに落とし込めると思う?」
『俺は木村千金という作家ならできると思うなあ』
その言葉は井澄なりの励ましであり煽りでもあり信頼のようだった。
「おっけ。ありがとう」
電話を切って思い切り息を吸い込むと、アイディアのふたがようやく開いた。
これならもう書けるだろう。