「暑っ……」
もう9月だというのに猛暑は未だ収まることなく、沼田の町中に燦々と太陽が降り注ぐ。
御殿桜のそばのベンチなんてよくこんな暑苦しい場所を選んだなと思うと腹が立つ。
「ちゆ!ごめん遅くなった」
全身薄い長そでのワンピースに日傘を差して駆け寄ってきた小松里海は私の数少ない私に対するまなざしを変えなかった唯一の人物だった。
彼女とは上州かるたの市内大会で知り合った。
病気で太っていくことで同級生からの見られ方が大きく変わってやさぐれていた私に対し、私の容姿よりもかるたへの情熱を評価して一緒に団体戦で戦ったこともあった。
しかし私は中学卒業後すぐ東京に行って地元にとんと戻らなかったため長い間音信不通だったのだが、最近SNSを通じて連絡を取り合うようになった。
「遅れた言い訳は後で聞く、どっか涼しいところ行かせて」
「あ、うん」
そして、ここに呼び出されたのにもそれなりの理由がある。
現在彼女は地元の役場で働きながら、上毛かるた普及を目的とした団体でネット番組を制作して放送している。
「で、放送一周年記念の番組台本と新企画を作ってほしいって事でいいんだっけ」
近くの喫茶店でアイスコーヒーをがぶ飲みして確認すれば「うん」と軽い答えが返る。
上記の通り上毛かるたとは浅からぬ縁があるので相場よりも安い値段で請け負った仕事だ。
それでも木村千金の名前を出して行う仕事であるので、しっかり企画書も練って複数案送ったところ企画書が全部通ったので今回は台本の打ち合わせになる。
「しかし、まさかみんなで新しいかるた絵を作る企画まで通るとは」
「私は面白いと思ったから通したの」
正直とりあえず数作って出しておこうと思って適当に入れたいわゆる捨て案だったのだがあっさり通りすぎて不安になる。
個人の集まりで制作してるネット番組の少ない予算から金を出して頭下げてきたのだし、一案も無駄にしたくないのだろう。
台本についての打ち合わせ事項をメモに書きとり、日程・撮影場所・出演者と放送スタッフの人数・放送上の条件を書き留めておく。
「でも沼田まで来てもらってゴメンね」
「どうせ一度実家に顔出さないといけなかったから」
お盆休みの間も仕事を言い訳に実家に帰らずにいたが、今年に入ってから一度も規制しておらずいい加減顔を出さないと親族から何を言われるか分かったもんじゃないので都合がいい。色々あって未だ反抗期継続中なのだ。

「あ、そうだ。前にテレビで俳優の井澄彰斗に飛びつかれてたよね?どういう仲なの?」

急な話の転換に思わず手が止まる。
「……ただ懐かれてるだけだよ」
表向きはそれで通すことにしているが、井澄本人があまり隠す気がないのが困りものでいつか事務所と対立の火種になるんじゃないかとひやひやしてるのだ。
「でもあんな年下のイケメンに懐かれてるってすごいなあ、それだけ仕事ができるってことでしょ?」
「そこそこだよ」
謙遜のような戒めのような言葉を吐くと「それでもすごいよ」と素直すぎる褒めことばが飛ぶ。
何故かいま、妙に井澄と話したい気分だ。
この褒められる気恥ずかしさを、分かち合って欲しい。