「木村さん!」
まるで全力疾走するゴールデンレトリーバーのように駆け寄った来た男を両腕で抱き留めると、その胸元についていたピンマイクが私の額にぶつかった。
「木村さん何でここに……ってそうか、事務所蔵前ですもんね。そりゃ駒形とかいてもおかしくないですよね!というか連絡先交換したのに何で電話くれないんですかいっっっつも俺から電話させて!そういうテクですか?!たまにはそっちから連絡「黙って」
後ろから全力疾走してきたらしいカメラや音声などの撮影人とタレント諸氏を見てこれが街ブラロケだと気づく。
「えっと、お知合い?」
「放送作家の木村千金です、井澄君とは以前ラジオで一緒にお仕事させてもらって……。あ、これどうぞ」
とりあえずカメラ写りが悪くないように表情を作り、バックからさっと名刺を渡し身元を明かす。
すると角のコンビニから愛すべき斎藤先輩が駆け寄ってくる。
「ちー!ケガー……ないな」
「先輩これバラエティ収録です」
私にケガがないことと状況を理解した先輩はさすがのバラエティ慣れで場をまとめてくれる。
井澄が私に懐いている理由を手堅くまとめつつ笑いを取っているうちに私は井澄のピンマイクを指で覆い、井澄の顔を私の顔に寄せさせる。
「分かってるだろうけど余計なこと言うなよ」
「俺が智幸さん大好きなのも?」
「事務所的にアウトだろ」
井澄彰斗がデブ専であるという事は事務所側の意向によって公表されていないので、井澄の私に向ける好意が恋愛的なものであるとバレると面倒だ。
私だってイケメンに好かれて調子乗ってるなどと炎上したくない。
いいな?と口止めしておくとちょっと納得いかなさそうに頷いた。
「ところでちー、」
「はい?」
「親父さんに渡すサンドイッチ潰れてないか確認したか」
持っていたパン屋の袋を確認すると箱の隅が潰れている。まあこれぐらいなら親父さんも事情を説明すれば許してくれるだろう……いや、どう説明するんだ?
「隅が潰れてるぐらいで大丈夫です」
「そっか、いすみんもうちの可愛いちーにいきなり飛び掛かるのはやめろよな」
「すいません……あ、ちなみにこの辺でお勧めのところあります?」
「じゃあうちの親父さんのお気に入りのパン屋は?精華公園の裏手にあって美味しいんだ」
いい具合にロケ隊をパン屋のほうへ促し、仕事して来いと井澄に軽く手を振ってわかれた。
取材陣が離れたことを確認すると斎藤先輩は「本当にいすみんはちーが好きだなあ」と苦笑いをした。
親父さんや事務所の人たちの昼ごはんを抱えながら通りを歩くが、もう人々の視線はこちらに向いていない。
「ほんとですよ」
「親父さんの昼ご飯を買いに来たのにとんだ災難だ」
そう言いながらもどこか面白がる先輩は根っこの先まで笑いに憑りつかれてると思う。
「……ちーはさ、いすみんにあんなに好かれて大変じゃないのか」
「嫌われるよりはマシです」
デブ専を隠したいらしい事務所からは相当嫌われてそうだけどなと内心苦笑いをこぼす。
「付き合ってんだっけ」
「あー……まあ、好意を受け入れてはいますけど恋人らしいことは特にしてないです」
「なにそれ」
「色恋沙汰が分からないんでとりあえず受け入れるところから始めようかと」
先輩は「ちーも変わったなあ」と呟く。
「何がですか?」
「出会ったときはホンットにギザギザハートだったし、最近はいすみんがどんどんちーを丸くしてる気がするよ」
「そうですかね」
「そうだよ、たとえ表ざたにされてなくてもいすみんのちーに対する好きって気持ちが漏れてるしちーも満更じゃないって感じしたもん」
先輩が言うのならそうなんだろう。
とりあえず面倒にならなきゃいいや、そう思いながら私たちは蔵前方面へと戻っていくのだった。




番組放送後、井澄に飛びつかれたことで「うらやましい」「美男と野獣」と軽く炎上して公開してる仕事用アドレスに怨嗟の声が届いたため仕事用アドレスを買えたのはまあ別の話である。