土曜日の朝。
ギリギリまで原稿を推敲させてほしいと頼み込んでラジオ局の机にかじりついて原稿にかじりつく私のもとにやってきたのはやはりというか、あの男だった。
「おはようございます、木村さん」
「あー……どうも、井澄さん」
空いていた事務用椅子に腰を下ろすとコンビニの袋から紅茶を私に寄こしてくる。
私はそれを奪い取るように受け取ると口に流し込んで紅茶のカフェインで寝ぼけた意識を叩き起こした。
「どうも」と言って紅茶を相手の手に戻すと困惑したようにこちらを見てくる。
「これ木村さん用に用意したんですけど……、というか俺残り貰ってもいいんですか?」
「いや、それは良くないな」
再び紅茶を自分のところに戻すと財布からとりあえず二百円取り出して、その手に握らせる。
「とりあえずこれで」
「あ、はい」
壁時計を見返す。
打ち合わせ前までに台本を仕上げねばならないが、製本にかかる時間を逆算すると締め切りまで一時間を切っている。
ギリギリまで推敲と校正に当てたいと頼んだのはこっちだ、締め切りを破るわけにはいくまい。
あとどこを直す?井澄明人の魅力を最大限に引き出し、かつ休日の朝を彩るにふさわしいトークに仕上げるには?聴取者と出演者に理解しにくい表現はないか?
台本をスクロールしながら問題のありそうな部分の細々とした修正は延々と続く。
私はこの番組を面白いものにするために雇われている身なのだ。求められていることを最大限行わねばプロとは言えまい。
(……これでいい)
そうして台本の最終推敲を終えてプロデューサーへ送信すると、体の力が抜ける感じがした。
「疲れた」
「お疲れ様です」
「ああ、どうも」
今回はいつも以上に頑張りすぎた気がする。
やはりあの丸の内での買い物の時に少し内面に触れ過ぎたせいなんだろうか?
いいものにしたい、という気持ちはいつだってある。しかしスペシャルでもないのに頑張りすぎじゃないだろうか?
蓋の空いた紅茶のボトルを受け取って軽くのどを潤した。
「いつもあんな風に書いてるんですか」
「こんなギリギリまでは書かないですよ」
「へえ、じゃあ今日は俺のために頑張ってくれた日なんですね」
「ですかね」
誰のために頑張ったのか、と聞かれるとよくわからない。
番組のためならばいつだって頑張っているに決まっている。しかし通常放送でここまで頑張る必要は本来ないのだ。
「……俺も本心から木村さんに好きになってもらえるように頑張らなきゃ」
「さいですか」



自分で書いといてあれですけどもういい具合に好きあってる気がしてきた