本屋をうろうととしていると懐かしいものに足が止まる。
「上毛かるただ」
「じょうもうかるた?」
「そのリアクションは群馬在住経験なしの人間のリアクションですね」
「あー、俺引っ越し多かったけど群馬は住んだことない……」
親が転勤族で日本中色んなところに暮らした経験がある、と聞いていたが上毛かるたを知らないとは。
いや、逃げるように郷里を離れて10年以上たった今でもまだ群馬人として上毛かるたに反応してしまう私も大概どうかしている。
「上毛かるたは群馬のご当地かるたですよ、ご当地ものの漫画なんかにもよく出る定番中の定番ですしたいていの群馬人は丸暗記してる」
「へー、じゃあ『い』!」
「伊香保温泉 日本の名湯」
「『す』!」
「裾野は長し 赤城山」
「『み』!」
「水上谷川 スキーと登山……って、なんで上毛かるた暗唱させられてるんですかね」
「木村さんがちょっと楽しそうだったから?」
上毛かるたは子供のころさんざんやったし、地元・沼田市代表で県大会に出たこともあった。
まだ私が病気を発症する前の美しく軽やかな少女時代の記憶の一部みたいなものではあるから、それでちょっと懐かしくなったのかもしれない。
「そうだ、これラジオで使「絡ませ方が難しいので無理です」
そうは言いつつも買う予定の本の詰まった篭に上毛かるたが追加される。
「買いませんよ」
「これは自分用です」
にひっと嬉しそうに笑うので「そうですか」とだけ呟いて、会計レジへと向かっていった。

***

荷物持ちという名目通り、彼は私に荷物を一つとして持たせようとせずむしろ私の荷物を預かろうとさえした。まあ他人に自分の財布の入ったカバンを預けるのが怖いので断ったが。
大きな紙袋二つ分の書籍を持たされるイケメン俳優という絵面はすっぱ抜かれたくない絵面だったが、特に誰かが気づいているそぶりがないのが不思議だった。
「そこはほら、俺も一応役者ですしオーラを消す特訓してるんで」
後はメイクや服装で顔色とか雰囲気変えてるから~、と嬉々として語りながらメロンソーダを飲む姿は実年齢よりも若い……というか、幼く見えた。
もしも弟というものがいたらこうであって欲しいという素直さは、なるほど刺さる人には刺さるだろう。
(こういう部分が分かるような台本やトークも考えてみようか)
スマホにメモを取りながら紅茶をちびちびと飲む私を見て「いいなあ」と呟いた。
「何が?」
「木村さんは、仕事が生きがいなんだって見てるとよくわかる」
「まあそうですね」
「俺もちょこっとその隅に置いて欲しくなる」
「はあ」
なるほど、わからん。
逃げてるものほど追いかけて捕まえたいとかそういう事なのか。なら逃げないほうがいいのか?
「太ってる人が好みなんでしたっけ」
「うん♡」
完全無欠のアルカイックスマイルでそう答える。
デブ専を隠そうともしないその潔さはいっそ清々しいが、デブ専を特殊性癖ととらえてる事務所側が隠したがる気持ちもまあ分からないでもない。
「なら他にもいるでしょう」
「んー、まあそうだけどねえ。見た目だけなら好みの人はいるけど今日一緒にいて本当に仕事にすべてを捧げてるのカッコいいなって思ったし、そういう人ほど横にいて甘やかしたいなーって」
あっっっっま。
飲んでいた紅茶が一気にゲロ甘紅茶になったかのような気持ちで睨むと「クサかった?」と笑う。
分かってるなら言わないで欲しい。
「もっと木村さんのこと好きになってもいい?」
「そういうのはドラマだけにしてください」
いま、恥ずかしさで死にそうだ。