土曜日。
とりあえず平穏に終わったはずの打ち合わせののち、私に来たのはある問いかけだった。
「この間のことなんですけど、」
訝しげに「はあ、」と適当な返事を返すとその人は急にこう言った。
「収録後、お茶しませんか」
「お茶ですか」
「ほら、木村さんは俺のこといろんな媒体に目を通してくれて俺を知ってくれてるけど俺は木村さんのこと全然知らないし……」
「そうですけど、別に知る必要ないですよね」
「俺が知りたいんですよ」
若者は純真だ、実に真っ直ぐで純真なお言葉である。何を食ったらこんな風になるんだろう。
「……食事は無理ですけど、荷物持ちしてくださるなら一緒に出かけても「行きます」
断言された。というか仕事とかないのだろうか。
「あ、行くのはいつにします?明日朝番組の仕事終わったら1日フリーなんで明日にしましょう!場所どこにします?新宿なら俺の庭なんでいくらでもいけますよ!」
人の話聞いてねえ。
「とりあえず新宿はうるさいし道も複雑なんで遠慮します。とりあえず大きい書店と食料品店に行けりゃいいんで」
「じゃあ東京駅前はどうですか?あの辺は落ち着いてる雰囲気だし大きい書店もあるし」
「じゃあそれでいいです」
それなりに長く都心暮らしはしてるが仕事先と病院以外は大して詳しくないので、東京駅周辺などよく知らないしまあいいかと思うことにした。

***

日曜日、午前10時の上野駅地下鉄口を待ち合わせに選んんだのはその周辺ぐらいしかろくに土地勘がないせいだった。
普段から上野・浅草あたりしかいかないので、だいぶ経った今もよくわからないまま暮してるのだ。
「で、どうしますか」
「とりあえず本屋で」
日曜日のオフィス街を抜けてたどり着いた大型書店ではまず流行の本にざっと目を通したあとそのまま最上階に行く。
「全部見るんですか」
「とりあえず全部見て、資料になりそうなのとか面白いのがあれば片っ端から買う感じで」
私がそう告げると「本当に勉強熱心で」と呟く。
「仕事ができない人間は捨てられるだけですから」
「……仕事以外の楽しみとかは?」
「特にないですかね」
「じゃあ、好きなものは?」
そう問われれば特に何も出てこなかった。
持病こそあれど両親がいて関係もよく金銭的に厳しかった記憶はないので、不幸な生い立ちだとは思わない。
ただ、私のみがどうしようもなく今の自分を受け止めあぐねている。
「今の仕事好きなんですか?」
「好き嫌いというより、自分が生きていい場所ですね」
もしも親父さんと出逢っていなければ私はもっとひどい人生を生きていただろう。
この仕事が向いているとか楽しいとかよりも、ここにいれば私は『可愛い智幸ちゃん』でなくても周りの人に認めてもらう事が出来る。
大都会・東京のラジオやテレビという華やいだ世界にいることは私を肯定させるに十分な材料だ。
私の言葉に対して、目の前の相手はどこか寂し気な表情で私を見た。寂しい人だと思われただろうか。
「不幸だと思うのは勝手ですけど、生き方ぐらい自分でどうにかしますよ」
「ですよね」
今になって他の生き方がどこにあるというのだろう。
美醜は人間を判断するうえで一番大きな材料だ。
病気で太った体に女としての価値はないと思われていることをよく知っている、太ったとき私に対して周囲の態度はずいぶんと変わったのを見てしまえば嫌でもわかるだろう。
美醜ではなく面白さで生きられる今の世界のほうが、まだ幾分マシというものだ。
「これ、お願いします」
欲しかった新しい辞書を押し付ければ、その人は黙って「はい」と受け取った。



更新止まってて申し訳ない……