火曜日、書類関係で事務所に来て欲しいと言われて蔵前に足を運ぶと斎藤先輩がお茶を入れていた。
「何してんですか」
「書類の手続きがてら親父さんに新作見て貰おうと思って。あ、ちーちゃんもお茶飲む?」
「いただきます」
全員分のお茶を急須に注いで砂時計をひっくり返し、その間に私は先輩や親父さんの分の湯飲みを準備する。
「今日はどこの茶葉ですか」
「掛川茶だよ、俺らだけならフレーバー日本茶でも良いけど親父さんああいうの嫌いだからさ」
「そうですよね」
斎藤先輩は学生時代お茶の専門店でバイトしていたそうで、色々なお茶を集めて飲み比べるのを趣味としていてお茶を淹れるのが誰よりも上手い。
楽屋でお茶汲みをさせられてる若手芸人やスタッフさんに上手な淹れ方を指南するのが風物詩になってるぐらいで、お茶好きのつながりでタレントさんの知り合いも多くいる。
「そういやさぁ、昨日いすみんから連絡あったんだけどちーちゃんの連絡先教えても大丈夫?」
「はい?」
いきなり何の話だ。
湯飲みを並べていた手を止めた私に斎藤先輩はお茶を淹れながら「いやねぇ」と話を切り出す。
「ちーちゃんのこと興味あるけど本人が逃げるから連絡先聞きたいんだって。ちーちゃん、割と積極的に自分に近寄ってくる人苦手だもんねえ」
土曜日のラジオ放送後、再び連絡先を聞かれたが丁重にお断りしてバスに飛び乗って逃亡したのを思い出す。
「あー……」
「嫌なら俺のほうから言っとくよ。まあいすみんの事だから悪いようにはしないと思うけど」
「とりあえず、連絡先交換はお断りの方針で」
全員分のお茶を汲み終えた先輩は「了解」と言ってお茶をお盆に並べるのだった。

***

事務所での書類手続きを終えると特にやることも無いので、先輩たちの新作講評に参加することにした。
「なぁ、これどこで上演するんだ」
親父さんが納得行かないという顔色でそう聞けば若い人がメイン客層の劇場の名前を挙げた。
「だと千金のほうが明るいな、どう思う」
「率直に言えば、お客さんがスペース☆イケメンに求める王道の漫才というより流行りの漫才寄りの漫才というか。まあ劇場でやるよりテレビで新規のお客さん狙ってやるほうが向いてるネタだと思いますけど」
「ちーちゃん的にはそう思うってこと?」
「ですね。舞台より表情をはっきり見せられるテレビのが映えるネタだと思います」
「ありがとう」
講評を終えるとそのまま先輩たちは次の仕事に行き、私はあてどない散歩に出た。


(いったい、私のどこが好みだというんだろうな)

聞いてみなくちゃ分からないことばかりがただ脳内をぐるぐると回っていた。