ギリギリまで台本の手直しを入れたものをプロデューサーに渡すとあっさり承諾が出た。
出力しといてと台本データの入ったUSBをアシスタントディレクターに渡すと、即座に台本が神に出力される。
「木村さんは仕事人って感じしますよね」
「……出来る限り誠意をもって仕事をこなさないと次の仕事が来なくなりそうなので」
自分を求めてくれる人がいるならどこの会社でもで仕事したかったので特定の制作会社やテレビ局などに所属せず、税とか保険料とかの書類仕事を他人に丸投げするためだけに親父さんのところに籍を置いているので仕事面で会社は関わってこない。
私には親父さんの下にいた時に作った人脈と今まで地道に培ってきた信頼ぐらいしかなく、それを裏切ればすぐに仕事が途切れることは分かっている。
「薬師寺さん。今日の台本来ましたよ」
プロデューサーが呼びかけたのは薬師寺笑里アナウンサー。この番組のMCだ。
女性で180センチ近くあるという高身長ながら威圧感のない笑顔と清楚な雰囲気でフリー転身後も人気があり、こうして冠番組を持ってることがまさに人気の証拠と言える。
「あ、木村さんおつかれさまです」
「薬師寺さんこそお疲れ様です」
本日分の台本を手にミーテング会場となる会議室へと連れ込まれると会議室には全員がそろっている。
アシスタントディレクターが忙しなく全員分の台本を配り歩き、関係者も台本に目を通す中一人だけ私のほうを見る黒マスクの青年がいた。
(あれが井澄彰斗か)
マスク越しでも端正に整った顔立ちや鍛えられた肉体、人目を惹く要素がそろっている。
私は軽く頭を下げると、相手も嬉しそうに眼を笑わせた。
「本日の収録前ミーティング開始します」

***

ミーティングが終わり、収録に向けた準備が始まる。
「あの、」
「どうも」
声をかけてきたのは井澄彰斗であった。
マスクを外し、まっすぐこちらの目を見てくる。
「めちゃくちゃ好みなので連絡先交換してくれませんか!」
「……はい?」
その目に偽りはないように見える。しかし意味が分からない。
「俺、木村さんみたいな太ってる人がめちゃくちゃタイプなんです!」
「でも以前雑誌のインタビューで家庭的な人って答えてませんでしたっけ」
「事務所からデブ専は特殊性癖っぽく聞こえるから黙っとけって言われてるんです。っていうかほんとに下調べしてるんですね!台本も俺のこと分かってて話の内容組んでる感じしたし!」
事務所の方針や本人の考えて敢えて自分の個人情報を伏せるという事はよくある話だ。しかし言ってることが分からん。
「あ、とりあえずお友達からでいいので!」
「……収録始まりますよ」
そう言って走ってエレベーターに飛び乗り、逃亡した。