土曜日の朝、5時に設定された携帯のアラームに叩き起こされると予定を見て思い出した。
いつも土曜日には10時から担当するラジオ番組『薬師寺笑里のティータイム・スペース』に合わせて7時過ぎに起きるようにしてるのだが、今日は月ぎめゲストの初顔合わせがあり打ち合わせ開始時間が前倒しになるので早めに行かないとならないことを思い出した。
全身の寝汗を濡れタオルで落とし、シリアルバーを牛乳で飲み下しながら新聞の一面だけ目を通す。
テレビニュースをBGMにパジャマから黒いチノパンと淡いブルーのシャツを着替え、ベースメイクと口紅を施して髪の毛を括れば仕事の準備は出来上がる。
最後はジャケットといつもの黒いリュックを背負えば仕事の姿になる。普段はな服装も多いが初顔合わせや新番組の時はいつもこの服装にしている。
最寄駅の本所吾妻橋まで徒歩10分、そこから局の最寄りである辰巳まで地下鉄を乗り継いで1時間弱。遅くとも7時には着くし、余裕を持った行動は大事だ。
本所吾妻橋の駅で地下鉄に乗っていると、ガラスに映った自分の顔がつくづく≪らしくない≫と思ってしまう。
マスコミなんて華やかさの極みのようなものだが、それに反して鮮やかさに欠けた服装でおしゃれさに欠けた都営地下鉄で移動してる。
(……まあ、派手化粧のデブなんて眼の毒か)
どうしようもなく自虐的な意識が沸くがそれを口にしてしまえばそれはいつか私を殺す毒になるという事をわかってるから、気持ちを吐き出すように深くため息として吐き捨てた。

***

辰巳のジャンクションが見える場所に東京シーサイドFMはある。
ネットワークを持たない独立系FMのため歴史は浅く、辰巳や新木場の開発を行った大手ゼネコンが近隣の賑やかしのために作ったようなラジオ局だ。
なので低予算番組が多くなったが代わりに作家や出演者の自由度が高く『面白けりゃ多少の無茶は目をつぶろう』という独自の気風がある。言うなれば一年中お祭り前夜みたいな場所だ。
自販機の飲み物コーナーでぼんやり何を飲むか考えていると「ちーちゃん」と声をかけてくる。
「おっ、ちー元気にしてたかー?」
朝っぱらから妙なハイテンションでやって来たのは木村芸能処の愛すべき先輩である岸菜さんと斎藤さんだった。
「先輩なんでいるんですか」
「ナックルズの番組のゲストで来たんだけど疲れて仮眠取ったらこの時間だった!」
岸菜さんは愉快そうに自分のやらかしを報告するので、私は二人のマネージャーである中西君が最高に哀れに思えた。確か彼は新婚だったはずだが、この二人をほっぽって愛妻のもとに帰る訳に行かないだろうから辛かったろう。
おっとりした雰囲気の斉藤さんが「ちーちゃんなんか飲むの?」と聞いてくる。
「何にするか考えてたとこです、ビタミン欲しいし野菜ジュースにしようかと」
「そうだなあ、ビタミンは大事だよなあ。奢ってやろうか?」
「斎藤先輩はともかく岸菜先輩は10倍返し要求してきそうなんで良いです」
「あー、万洋だもんな。俺はお返しいらないから奢ってあげよう」
「俺には?」
「お茶半分こな」
すると秒で上機嫌になって「はるおあいしてるー」と言い出す。
普通に話してるだけでコントみたいで朝から鉢会うにはやかましいが、それがこの人たちのいいところでもあるのが難しい。
「あ。そういや先輩たち、去年映画で井澄彰斗と会いましたよね」
去年公開された浅草芸人たちの恋愛劇を描いた『浅草六区に恋をする』のことを思い出して聞いてみれば「そうだね」と告げる。
二人はあの映画で最近人気の出だした俳優・井澄彰斗演じる主人公の先輩漫才師として出ていた。
「いすみんがどうかした?」
「いや、今月から担当番組の月ぎめゲストが井澄彰斗なんでちょっと性格掴む参考にしようかと」
さっそく映画撮影時の思い出を語りだし、私はそれを聞き漏らさぬように脳裏に記録していく。
二人のマシンガントークに口をはさむ余裕はない。下調べで見つけておいた情報と頭の中で照らし合わせつつ、情報をざっと記憶しておく。
「……と、まあこれぐらいかな」
「助かります」
さっそく私は床に座り込んでカバンから愛用のタブレットPCとタブレットペンを引っ張り出し、頭の中で人物像を大雑把に固めそれを面白く掘り下げる台本を練っていく。
どんな会話を広げさせよう。どんな質問が予想外の言葉を引き出されるだろう。
アイディアを練りながらじゅるじゅると野菜ジュースを飲み干ししていた。