北上する秋雨前線といまだしぶとく残り続ける猛暑が混ざり合う8月の終わりが妙に淋しいのは何故だろう。
「そりゃあ夏休みの宿題が残ってるからじゃないですかねえ~?」
「……申し訳ないけど僕夏休みの宿題は7月中に終わらせちゃう派だから」
「そういやそうだったね」
自分の夏休みの課題だけでなく妹の夏休みの宿題まで見なくちゃいけない秋恵ちゃんは妙に疲れているように見えた。
父親である竹浪さんの方はシーズン開幕目前で練習と仕事に集中していてこの時期は帰りが遅い。
「まだ終わってないの?」
「……私の自由研究と、夏海の読書感想文と、春賀と冬湖の計算と漢字ドリルと図画工作」
「僕で良ければ手伝おうか?」
それは下心というよりも心配から出てきた言葉だった。
もちろん竹浪家にお世話になれば竹浪さんと過ごせるという下心がない訳ではないけれど、まだ告白もしていない僕には夢のまた夢である。
「頼むわ……」

***

始業式のある火曜日までに残りの課題を終わらせることを目標に、僕は竹浪家にしばらくお邪魔することになった。
「私は自由研究やっつけないとならないから、春賀と冬湖の勉強だけ見といて。夏海はまあしっかりしてるし作文の校正ぐらいしかやる事ないと思う」
秋恵ちゃんは中学から手伝い続けて来た父親の食事やトレーニングについて中途半端にしか知識がないのでこの機会にちゃんと系統立てて頭に叩き込みたい、というのでチームの人に話を聞きに行くと言って朝から出かけて行った。
夏海ちゃんの方は今までなかなか手が付けられなかったという読書感想文のために本を開いては閉じを繰り返し、春賀ちゃんは少数の掛け算に苦戦し、冬湖ちゃんは毎年夏を過ごす交通安全ポスターの下書きを描いていた。
僕は冷えた麦茶をちびちび飲みながら三人の勉強を見ている。
クーラーをつけて締め切った窓の向こう側にはセミの鳴き声が響いているが前よりは大人しくなった気がして、そこに夏の終わりの気配を覚えた。
玄関からただいまぁという低い声がした。これは秋恵ちゃんのものじゃない。
「あ、お父さんお帰り!」
ビジネススーツを緩めた竹浪さんが袋を手に帰ってきたのだ。
春賀ちゃんがいの一番に駆け寄ると夏海ちゃんと冬湖ちゃんもどうしたんだろうという風に視線を向けていた。
僕もまた夏の汗にまみれた彼の肉体にじっと目を凝らしていた。
「ちょっと横浜の方に行く用事があってな、長目の昼休みを取ったから自宅に戻って食べようかと思って。佐藤くんも来てたんだな」
「あ、はい!秋恵ちゃんに春賀ちゃんたちの宿題見るのを手伝って欲しいって頼まれて……」
「へえ、その秋恵は?」
「たぶん今頃チームドクターさんのところにいると思います、夏休みの自由研究でスポーツ選手の身体づくりについてまとめるらしくて」
「へえ。5人分しか買ってないから足りなくなるかと思ったけどちょうどいいか」
袋を開けるとそこには中華のお惣菜がザクザクと出てきた。
黒酢の酢豚にホイコーロー、チンジャオロース、湯気の立った焼き小籠包にほかほかの餃子、大きめの紙容器に入った野菜の中華がゆ、ゴマ団子や月餅に桃まん、果ては中国茶まで出てきた。
「用事済ませた後に中華街寄り道したらみんなで食べたくなって多めに買っておいたんだ、佐藤くんも良かったら一緒に食べよう」
「僕で良ければ喜んで」
これは計画外だった。だけど竹浪さんの家で一緒に食事とは嬉しい計画外である。
(これもいい夏の思い出かな、なんてね)



なお、はらぺこ三姉妹と父はこのテイクアウトした中華料理をほぼすべて平らげてこのことを知った秋恵ちゃんが「何故私の分を残さなかった?!」と怒り狂うのはまた別の話である。

夏が終わってしまう事に謎の焦燥感を感じています。まあ9月が終わっても暑いんだけどさ。