年に1度か2度、お父さんが料理を作ってくれることがある。
それはだいたいラグビーのシーズンが終わって少し落ち着いた冬の終わりの休日だ。
「今日はお父さんが作るの?」
「うん、きょうは秋恵も忙しそうだしな」
姉は剣道部の試合に行き、下の妹たちは春休みだから二度寝をむさぼっている。
今日はやることも無いからたまには手伝ってみようか、と言う気になった。
「手伝おうか?」
「うん、お願いしていいか?」
人参は3本入りのうち2本を大きめのいちょう切りにして一本すりおろす。じゃがいもは大きめのを5個買って6等分にして1個をすりおろす。たまねぎも6等分だ。
あと葉物野菜(その時家にあるものがだいたい適当に入れられる)と親戚から嫌と言うほど送られるリンゴもミキサーですりおろされる。
ザクザクと刻んだ野菜に水を入れて火にかけ、沸騰したら野菜のすりおろしと薄い豚小間肉を一緒に入れて煮込む。
そして豚肉に火が通ったらカレールウを入れて溶かせば出来上がりだ。
「味見するか?」
「うん」
小皿にとられたカレーを一口味見すればやはり甘い。
数年前に亡くなったお母さんやお母さんから料理を教わった姉のカレーとは違う、溶けだした野菜と豚肉の甘みが強いカレーはお父さんだけが作る特別な代物だった。
「……甘い」
「やっぱ甘いかあ、ソース入れて少し辛くするか?」
「いいよ、これがお父さんの味ってもう刷り込まれてるし」
この味は私たち姉妹にとっては特別だった。
年に数度、余裕がある時にお父さんが台所に立って作ってくれる特別な味。
私には少し甘ったるいけれど決して嫌いじゃない。
その特別な味は、きっと私たち家族しか知る事の出来ない特別なものだ。
「お父さん、」
「うん?」
「私が大きくなっても、このカレーまたつくってね」
「作ってくれって言われればいつでも作るけどな」

―20年後―
「という訳でお父さんのカレーが食べたいんだけど」
フランスから1年ぶりに帰省した私の第一声に、お父さんは嬉しいような困ったような表情をしながら「しょうがないなあ」と言う。
定年退職をして故郷弘前に戻ったお父さんはあの頃よりも老け込んでしまったけれど何ひとつ変わらない。
「スーパー寄ってからでいいか?カレーの材料がないんだ」
「いいよ」
『何の話をしてるの?』
隣に立っていたフィアンセのフランシスが不思議そうに私の顔を覗き込む。
『あなたに私の一番好きな味を食べさせたいからお願いしただけ』

夏海ちゃんと豊さんのほのぼの親子話