「そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました……」
英人がすっかり寝てしまったことを確認すると読み聞かせに使っていた電子書籍を閉じて、リビングに戻ると瑞穂さんはミルクティーを2人分淹れてくれていた。
私がその横に立ってミルクティーのマグカップを取ると、瑞穂さんはその時ようやく私の存在に気付いたようだった。
「英人、すっかり寝ちゃったよ」
「そう」
夜更けに二人でソファに座ってミルクティーを飲むのは、二人きりで過ごせる時間を作るための努力だ。
離婚を機に定時制高校に移った瑞穂さんと警察官になった私では生活がうまくかみ合わないこともあったし、英人がどうしても二人きりで話をするには邪魔になってしまうからこうしたささやかな努力がどうしても必要だった。
両親や妹たちは生まれた時からずっと一緒にいるからある程度無言のうちに分かり合えるけれど、瑞穂さんと出逢ってまだ5年かそこらで全部分かった気になるのはおこがましいにも程がある。
瑞穂さんが今日職場で起きた他愛もないトラブルについて喋るのをミルクティー片手に聞くこの時間が私は嫌いじゃなかった。
今日あった出来事を笑ったり怒ったりしながら言い合えるのは誰かと暮らす特権だと思う、独り暮らしなんて警察学校時代ぐらいしかない人間の台詞ではないが。
「で、そっちは?」
「んー……いつも通りだなあ。今日は午前だけだから早上がりして、買い物と掃除して夕飯作って~って。職場の飲み会断るのが大変だったぐらいかな」
「職場の飲み会?」
「うん、どーせおっちゃんたちの御託聞かされるだけだと思って『居候先の息子さん代わりに学童まで迎え行かないとならないんで~』って断った」
「高校生の時は断れないタイプだったのにねえ」
「成長したんだよ。自分の限界見極めなくちゃ破裂するって私も学んだしさ」
小さい頃、まだ家族で福岡に暮らしていた時は父さんがよく本を読み聞かせてくれた。
ラグビー選手としてはまだ盛りだった父さんは社業との両立で多忙だったのでせめて少しぐらいは娘と触れ合いたいという気持ちだった、と大きくなってから聞いた覚えがある。
そのうち夏海が一番気に入っていたのは、綺麗な挿絵の銀河鉄道の夜の絵本だった。
「『みんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない』ってあったでしょ、銀河鉄道の夜の中に。そうして自己を犠牲にしても、本当に周りが幸せになるとは限らないから」
「……そうね」
できる範囲内で人助けはするけれど無理はしない。自分の幸いは巡り巡って他者を幸せにする、そう信じて暮らしている。



コンビニに卵買いに言ってたら思いついたネタでした。