都合で一日遅れの帰省になった秋恵と夏海は、一人の小さな子供を連れて帰ってきた。
「……英人君?」
「こんにちわ、竹浪のおじさん」
大きなリックサックを背負った小さな少年はまっすぐにこちらを見てくる。
秋恵の居候先の息子さんである酒々井英人君は俺にとってはちょっとした孫代わりで、人見知りをしない彼は非常に俺に懐いた。
「どーしてもついてくって聞かなくてさ、急にごめんね」
「いいよ。酒々井先生も良いって言ったから連れて来たんだろ?」
「まあそうなんだけどさ」

父と娘の恋愛事情

英人君は実に好奇心旺盛に宗像の街を歩き回り、突然の飛び入りゲストとなった少年を我が家の大人たちは大いに歓迎した。
ちょうど義弟一家の末息子が10歳で英人君の遊び相手にはちょうどいい年ごろだったので彼らは手を繋いで町中を走り回り、お目付け役として秋恵と義妹はその後ろをひぃひぃ言いながら追いかけて一日が終わった。
その日の晩、秋恵は真夜中の居間で日本酒を飲みながら何やらしているように見えた。
「晩酌か?」
「うん、瑞穂さん父さん加わって大丈夫?」
『竹浪さん、酒々井ですこんばんわ』
「お久しぶりです酒々井先生」
スピーカーホン越しに答えてきたのは英人君の母親にして秋恵の居候先である酒々井先生だった。
通話しながら二人で酒を飲んでいたところを邪魔してしまったんだろう。
『英人がご迷惑かけてませんか?』
「いや、むしろ大歓迎ですよ。一番下の甥っ子と街中歩き回ってました」
『そうでしたか』
「言った通りでしょ?瑞穂さん無理せず休みなよ、お母さん業たまに休んでも罰当たんないからさ」
『なんか秋恵が言うと妙な説得力が』
「でしょ?」
ほろ酔いの秋恵がドヤ顔でそんなことを言い返してくる。
酒々井先生は離婚して独り身だと聞いているが一人で子供を育てる苦労は俺も分かっているから、思わず助け舟を出してしまう。
「大丈夫ですよ酒々井先生、ちゃんと無事に帰せるようにしときますんで」
『……ホントすいません』
「瑞穂さんも温泉楽しんできなね」
『うん。ほんと英人の事頼んだからね』
「はぁい」
ぶつりと電話が切れると秋恵は携帯をポケットにしまい込む。
すると携帯の待ち受けが酒々井先生と二人で撮ったらしい写真であることに気付く。
「ホントに仲いいんだなあ」
「仲良いんじゃないよ、付き合ってるの」
「え?」
「父さんと佐藤くんみたいに」
娘の言い方に思わずなるほどと納得してしまう。それなら息子を預かって福岡に連れて行くほどの信頼がある訳だ。
長女が女性と付き合っていると言う事実に心は不思議と凪いでいた。
「酒々井先生とは長いのか?」
ごく自然と口をついた言葉はそれだった。
秋恵は「高3からだからまあまあ長いね」とごく自然に答える。
同性だとか父と娘だとかは関係ない、実にフラットに交わされる恋の話であった。
「そりゃあ長いな」
「うん、父さんも佐藤くんと長いでしょ」
「佐藤くんで思い出した、今朝春賀を怒らせちゃったんだ」
今朝ふたりでランニングしていた時に佐藤くんと付き合ってるのになんで福岡に連れてこなかったの?と聞かれてうまく答えられずにいたら、春賀を怒らせてしまったようで今日は全然話していないことを秋恵に伝える。
すると秋恵は実に深い溜息を洩らした。
「……春賀も色々複雑なんだよ」
「複雑って?」
「え、なに、まだ気づいてないの?」
「何をだ?」
「春賀の初恋は佐藤くんなんだよ」
そう告げられて、思わず脳内で家庭内相関図を描いてみると確かに複雑であることに気付く。
初恋の人が自分の父親が好きと言う世にも奇妙な関係性を春賀はいまだに消化し切れてないのだと分かれば、このところ東京の家に戻ってこない理由も分かった気がした。
「そうだったのか」
「父さんこの期に及んで気付いてなかったんかい」
「全然気づいてなかったな」
「ああそう……」
父としてどうしてやればいいものか、とちょっとだけ考える。