年末の帰省ラッシュで賑わう福岡空港の送迎デッキで、三番目の娘はホットドリンクを飲みながら俺を待ってくれていた。
「久しぶりだなあ春賀ぁ」
思わず目じりを下げて笑いかけると「父さんニコニコしすぎ」とクールな返事が来る。
末娘以外進学や就職で家を出て行った今、こうして娘たち全員が集まるのは盆と正月ぐらいになってしまい実に寂しい限りである。
特に春賀は東京の自宅に帰るより近くて楽だからと福岡の妻の実家で過ごすことの方が多く、こうしてちゃんと顔を合わせられる機会は正月に福岡へ顔を出すぐらいしかなかった(青森の実家は妻の実家から遠すぎるのと雪が面倒なので夏にしか行かないようにしている)
「島根に行ってから全然電話も無いから冬湖から聞くしかなくて寂しいんだよ」
「でも秋ねーちゃんがいるじゃん」
「秋恵もなあ、実家から通えばいいのに人んち転がり込んで帰ってこないから……ま、孫代わりも出来たから良いけどな」
すると後ろから荷物を抱えた冬湖がバタバタと駆け寄ってくる。
「じゃあ行くか、秋恵と夏海は遅れて来るって言ってたしまずはこの三人だな」
「うん」
これは、そんな年末年始の福岡の何気ない話である。

父と娘の恋愛事情

福岡空港から地下鉄とJRを乗り継ぎ、そして宗像大社辺津宮へ向かうバスに乗り込んで一つ手前のバス停で降りる。
そこから住宅街へ迷い込んだ先が妻の実家であり、娘たちが幼少期を過ごした自宅でもある場所だった。
「ひさしぶりだなぁ、豊くん」
80をとうに過ぎているにもかかわらず未だ引き締まった体を保つ義父はかつて警察官だったそうで、目つきが鋭いが本来は穏やかで優しい人柄の人物であった。
福岡にいた頃はこの家にも暮らしていたから懐かしの我が家と言う気持ちもある。
「お久しぶりですお義父さん、お元気そうで何よりです」
「お世辞は要らんよ、自分でも年食ったのは感じてるからな」
「ただいま、おじいちゃん」
「お帰り春賀」
春賀が島根土産を手渡すと悪いなあと言いながら受け取り、双子の娘たちはさっさと中に上がり込んでいく。
玄関の靴が随分と溜まっているので近くに住む義弟家族も来ているのかと問えばおうと義父が答える。
(……もう少し多めに持って来れば良かったかな)
しかしそうは言っても持って来た東京土産はひと箱しかないので諦めてひと箱をみんなで分け合う事にしよう。
茶の間に足を運ぶとこたつには娘たちと義弟一家がこたつに入り込んで、お菓子をほうばっている。
「あ、お義兄さんお久しぶりです」
この近くで小さな喫茶店を営む義弟が小さく会釈をするので「久しぶり」と返す。
「春賀ちゃんのお土産頂いてますよ」
「俺も持ってきてるんだけどな、東京土産」
大きなこたつの反対側では娘たちが幼馴染も同然の従兄弟たち(俺から見ると義弟の子どもたちに当たるが)と携帯を見せ合いながら近況報告に勤しんでいる。
ちょっとは気の抜ける冬休みになるだろうか、と春賀の手土産を食べながらぼんやり考えた。

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翌朝、春賀に誘われてさつき松原まで走ることにした。
年末年始とは言え練習に余念のない春賀と違い、もう引退した身では少々厳しいものはあって海岸に着いたときには肩で息をする酷い有様だった。
「お父さん、」
「うん?」
「……なんで佐藤くん連れてこなかったの?」
冬の朝の海辺に響かせるには不釣り合いの疑問に上手く答えられずに視線を海の方に通わせる。
この時期にしては妙に穏やかな玄海灘は俺を助けてはくれないらしい。
「なんでそこで佐藤くんが」
「付き合ってるんでしょ?」
確かに付き合ってはいる。こんなおっさんを捕まえてよく飽きないものだというくらい、彼は俺のことを一途に好きでいてくれた。
だけれど福岡に連れて行くかどうかはまた別の話だろう。
「確かに付き合ってるけど、それとこれとは別だよ」
「どうして?」
「結婚するわけじゃないんだから」
「あんなにお父さんの事好きなのに」
「日本じゃ男同士は結婚できないしな」
春賀は何とも言えない複雑な表情をして踵を返すと「帰る」と言って砂浜を駆けだした。
何か踏んではいけない地雷を踏んだのだろうかと妙な不安を抱えながら俺は明後日の方向に駆けだす娘を見守るしかなかった。