どうしてこんなことになったんだっけ、と思いながら小さくため息を吐いた。
右往左往するスタッフたちの向こう側に大きくとられた窓にはまばゆいばかりの都心の夜景が煌めいているのが見えた。
「はじめまして、アナウンサーの安達光洋です」
「竹浪です」
自分よりも少し若いぐらいのふっくらした体形の青年が軽く挨拶をしてきて、隣に腰を下ろす。
「竹浪さんのことはよく聞いてましたよ、自分も同じ弘商なんです」
「弘前の出ですか」
「ええ、撫牛子(ないじょうし)です」
「街から近くていいな、うちは高校遠くて冬はよく苦労しましたよ」
「どちらの方ですか?」
「小栗山です、ちょうどアップルロードと小栗山の駅の中間ぐらいで」
「ああ、うちの親戚もちょうどあの辺りで秋口になるとよくリンゴの収穫手伝いに行きましたよ。この時期の品種だとつがるですかね」
「うちで栽培してますよ、つがる。でも俺はひろさきふじの方が好きですかね」
「ひろさきふじも旨いですよね」
実家で獲れるリンゴの話に花を咲かせていると緊張も和らいできた。
お互い歳は違えど津軽人と言う安心感があるのでなおさらのことで気を抜くと訛りそうになるのを気をつけながら、やれ紅玉がどうだシナノゴールドがどうだという雑談に花を咲かせる。
「豊さん、」
「ああ、ごめん充希君」
付き添いと言う名目で無理やりついて来た彼がどこかふてくされ気味に俺の名前を呼ぶので、ごめんねと目で謝る。
「もうすぐ打ち合わせ始まりますよ」

FMフットボール・タイムスのお時間です

FMフットボール・タイムスは金曜日の夜9時からの2時間生放送で、高校生から社会人までのラグビー情報を幅広く伝えるラジオ番組だ。
業界的には深夜ラジオとゴールデンタイムの隙間に当たる微妙な時間帯なのだそうでこの時間の枠は意外に安いらしいからうってつけなんだそうだ。
大柄な男二人には少々狭いラジオブースに向かい合って腰を下ろし、喉を潤す水のボトルと台本を並べる。
スタッフさん達の後ろで充希君が心配そうに見つめているので小さく手を振ると彼も小さく手を振り返した。
「FMフットボール・タイムスのお時間です、MCの安達光洋です」
「こんばんわ、今月から新MCとしてこの番組に加わることになりました竹浪豊です。ラジオは初めてなので視聴者の皆様に支えられながら頑張っていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「まだ緊張してますか?」
「ええ、安達さんが同郷じゃなかったらもっとガチガチでしょうね」
事前の打ち合わせ通りにお互いの自己紹介も兼ねた青森トークを軽くかわしてく、俺には選手としては実績がさほどないのでこういう自己紹介は必要だというプロデューサーさんの意見に従った形である。
「これ以上の雑談はやめろと指示が出たので最初の話題に移りましょうか、まずは高校ラグビーです」
安達くんがさらりと話題をラグビーに切り替えてきて、最近行われた注目の試合について2つほど紹介してそれに関する話をする。
ラグビーに興味のない一般の人も聞くので適度な補足を交えつつ試合の面白さや講評を語ってみるのは案外面白い。
社会人の試合の紹介まで終えると、次は最近期待のラグビー人材についての話題に移る。
視聴者からの手紙を元に選手についてああだこうだと語り倒すだけの割合気楽なコーナーである。
「今回の手紙なんですけど、神村出羽選手についての投書がすごく多いんですよね。やっぱり正式就任1年で花園出場決定が響いたんですかね」
「でしょうね。元々神村選手は人気ありましたし、廃部さえなければ日本代表になってたような子が消息不明を経て監督になって花園初出場なんて劇的過ぎてね……」
「神村選手とお会いした事あるんですか?」
「練習試合で顔を見た程度ですよ。北見で合宿した時に練習試合があって、そん時は負けちゃいましたけど若いのにすごい子だって素直に感服しましたね」
「若くて才能ある子見て嫉妬とかしないんですね」
「あんまりしないですかね、同年代だとするんですけど。相手は聞いてたら困るんで伏せときますね」
適度なごまかしを入れつつラグビーの情報と雑談を織り交ぜた番組は進行し、11時には番組が終了する。

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「はー……疲れた」
慣れないことに気力を使い切って小腹が空いたから早めの夜食を食べてから家に帰ろう、という事になった。
ラジオ局の近くにある東北料理を出す居酒屋を安達君に紹介してもらって一番奥のテーブル席に突っ伏した。
「お疲れ様です、何食べます?」
「米食べたい」
「焼きおにぎりとはらこ飯どっちがいいですか?」
「はらこ飯にしようかな、あとじゃっぱ汁あるならそれも」
「分かりました、すいませーん注文良いですかー?」
そうしてさっそくはらこ飯とじゃっぱ汁、充希君が注文したシードルとじゅうねん餅(えごま餅)とずんだ餅が並んだ。
充希君は甘いもので酒が飲めるタイプらしく若い子は不思議だと思いつつまずは自分の空腹感を満たそうと箸を進めることにした。
「今日のラジオデビュー、どうでした?」
「勝手が違い過ぎてなんか疲れたよ……」
「でも豊さんの喋り素敵だと思いましたよ」
「褒めても何も出ないぞ」
「本音です」
この子俺に対して評価がびっくりするほど甘いよなあ、と思いながら小さくため息を吐いた。
後日娘たちからラジオでの喋りの評価が長文で届いたがそれはまた別の話だ。