この窮屈な街から出たいと子供の頃は何度思っただろう。
道を歩けば知り合いと遭遇し、冬は薄曇りの空と雪に覆われるこの街に特別な愛着は無かった。
(……さっむ)
親の敷いたレールに不満はあれど反抗してまでやりたいこともなく、長男としてそれをやるのは仕方ないという諦めを抱えながらもうこんな年になってしまった。
所帯を持てとは言われても好いと思える相手は居ない……いや、一人だけいた。
あの時、俺は高校生で地元の食堂でバイトをしていた。
自衛隊基地の近くにあるので客のほとんどが自衛官で、店主も若い頃は自衛隊で飯炊きの仕事をしていたといういま思えば濃い環境の店だった。
その店においてあの人だけは全く違う空気を纏っていた。
訛りのない標準語を話し、切れ長の目と自衛官らしいしなやかな体つきをした芸能人のような男だった。
バイトのある日は彼が来ることをいつも待ち望みながら店の掃除をしていて、最後の頃には彼の来る金曜日の夜には必ずバイトを入れるような状態だった。
恋と呼ぶには淡すぎるが憧憬と呼ぶにはいささか気味が悪いその感情を持て余しながらあの店で二年半バイトをしたがそれ以上の関係にはならなかった。
何故なら、その前に彼は転任でこの街を離れたからだ。
彼と同じ自衛官になればここから外に出られるだろうか?と思っていた矢先の転任だった。
それで俺はあっさりと自衛官になることをやめ、大人しく実家を継ぐことを選んだ。


(ああ、また降り出した)

いったん止んだと思っていた雪がぽつぽつと降り出してきた。
雪にも風にも負けない翼を失った俺の肩にうっすらと雪が積もりだした。

パッと思いついた自衛官と高校生のはなし