豊さんとお付き合いすることになった、と報告された時の私の本音は「嘘やろ」以外の何物でもなかった。
目の前にいる青年―佐藤くんと言う私の中学の同級生であり気の合う男友達なのだが―は頬を薄く赤らめながら大変丁寧に私の父親と恋仲になったことを報告をするためだけに、わざわざ雰囲気のいいカフェの個室まで私を呼びつけてきたのである。
「……いつから?」
「え、あの、高校出るまで気持が変わらなかったらっていう条件付きではあるけど・・・・・秋恵ちゃんには色々迷惑かけたしさ」
「その返事を貰ったのはいつかって聞とるんやけど」
「11月の半ばに」
「ふうん、2か月近く間が開いた理由は?」
「……いつ言うべきかちょっと迷ってて」
ぐるぐると抹茶ラテを掻きまわす彼の眼には迷いのようなものがあった。
恋に落ちる相手にしてはリスキー過ぎるからという理由とは、別に気の置けない間柄だからこその言いづらさのようなものがあるのかもしれない。
そもそも彼がうちの父親のことをどういう風に好きなのか、一度だってちゃんと聞いたことはなかったけれど漠然とそう言うことなのだろうという気はしていた。
「なんか、ごめんね」
「別に謝っちくれとは言っとらんし、報告せーともいうてないもん」
「それもそうだね」
「それで悔いが無いっち言うんなら好きにやりゃーええっちゃ。好きにやれんかった悔いをうちのせいにされるのがいっちょん好かん」
それはもうずっと変わらない感情だった。
私のために相手の人生の重要なものを諦めさせるぐらいなら、自分が犠牲になるほうがはるかにましだとという感情はずっと前から持っていた。
だからこそ私は母親が死んだとき家族よりもラグビーを選ばせた。選手としての悔いを私たちのせいにさせないために。私達のせいで続けられなかったなどと言わせないために。
そして同時に私は私の人生を生きることだけを考えた。母親の代わりだけして死ぬのも嫌だ。剣道を捨てることは私の人生を捨てるに等しい。
私も父親も妹たちも何も捨てずに生きることだけを必死に考え抜いて、今の暮らしがある。
「……うん」
「うちのとーさんを犯罪者にする事だけは許さんけどね」
ようやくぬるくなったカフェモカを一口飲むと「もちろん」と彼はつぶやいた。



ぽつぽつ書いてた佐藤くんと竹浪さんの話。
竹浪秋恵は人生において何物も犠牲にしたくないと思ってる意外に我儘な子ということが書きたかっただけの話。