秋雨の北九州スタジアムは色とりどりのカッパに身を包むお客さんで中々のにぎわいを見せていた。
福岡の青いカッパを着たお客さんに手を振りかえす竹浪さんに思わず僕の本音が漏れた。
「大人気ですね」
「あー……いちおう、ここで10年以上やってた訳だしな。覚えて貰えてるのは嬉しいよ。この真新しいスタジアムで試合もさせて貰えるし」
「前座扱いですけどね」
今日は北九州でのアウェイ試合。偶然にも1部リーグの試合とダブルヘッダーで、しかも以前竹浪さんのいた福岡と浜松の試合と言う事で少しだけチームテントを手伝って貰うことになった。
実際、福岡のファンと思わしき青いカッパの人がついでに日野の試合も見とこうという様子でスタジアムに入っていくのをちらほら見かけた。
「じゃあぼちぼち言って準備してくる」
「あ、えっと、」
「うん?」
「今日も、頑張ってくださいね」
口からこぼれ出たのは、シンプルな応援だけだった。

雲の向こうは晴れ

「今日は厳しい試合でしたね」
試合は32-35でフルタイム、辛勝と言うところだった。
それでもうちにとっては大切な勝ち点と言う事実には変わりなく、宿の食堂は誰もが楽しげに勝利の美酒を味わっている。
きつい試合ではあったけれど相手の北九州側も少しでも勝ち点を積み上げて昇格したいというのが本音だろうし、何より今期は鈴鹿がまた大暴れしてるのである。あそこは鈴鹿はもう1部と2部を往復するの止めて欲しい。
「最後までみんな攻めを捨てないでくれて良かったよ」
竹浪さんの手にはビールが1缶、勝ち試合後のご褒美なのだと言っていたことを思い出す。
僕の方はと言えば大人しくオレンジジュースである。未成年飲酒はもちろんしない。
「……あの、この間の事なんですけど」
ちゃんと話しておかないといけない、と思っていたのに切り出せずにいたことを口にする。
「嫌なら振ってくれていいですから」
「えっ」
「あっ、そのですね、竹浪さんを好きなのは僕の勝手なのでそれを押し付ける気はさらさらないと言いますか、竹浪さんにも竹浪さんの事情があるってことは十二分に承知の上なのでホントに無理だったら断ってくれてもいいと言いますか……」
「……あのな、佐藤くん。ここどこか分かってるか?」
その台詞で僕は思い出した。
ここは選手と関係者全員が集まる食堂であることを。
「あっ、」
「面白い事聞かせてくれてありがとねー」
「の、野比選手……?」
いつの間にか隣にはあの柔らかな髪をふわふわと揺らした野比選手がいた。
野比太一という人はうちのセンタークオーターバックを務める選手である。
ラガーマンらしくないすらりとした体躯にたれ目がちの優し気な見た目とのんびりとした雰囲気の人ではあるけれど、時々びっくりするほど抜け目ないところのあったりして油断するととんでもない目に遭ったりする。
ちなみにこの見た目と名前からついたあだ名が日野のび太なのは言うまでもない。
「え、あの、あんまりこの噂は……」
「佐藤くんが竹浪サンのこと好きなのはみんな知ってたけどやっぱそう言う意味だったんだねー、まあみんな知ってたけどさー」
「えっ」
「バックス陣で佐藤くんと竹浪サンの関係賭けてたんだけど、佐藤くんの片思いって事でいいんだよね?」
「えっ、あっ、はい」
「ってことは綾村サンの一人勝ちかー、俺結構自信あったのになー」
「綾村選手まで混ざってたんですか?!」
「バックス陣全員で賭けてたからねー、もちろん金品じゃないよ?」
「ちなみにいいだっぺはー……」
「もちろん俺です♡」
「のび太お前!!!!!!」
「それじゃ!」
そう言ってダッシュで食堂から脱走していく野比選手を、なんとも恨めし気に竹浪さんが見つめる。(元々陸上をしていた上アメフトでも活躍する野比選手はうちで1,2を争うほど足が速いから竹浪さんでは追いつくのは無理なのだ)
「ホントすいません」
「のび太は後で説教だな。まあ、佐藤くんは悪くないし場所変えるか」
先ほどの騒動がうすら食堂内で聞えて来たんだろう。
他の人には後で適当に説明するとして(こうなったら全部野比選手のせいにしよう)一度別のところで話をしようと食堂を出た。

***

竹浪さんの部屋は他の選手と相部屋なので、一人部屋を割り振られた僕の部屋に竹浪さんを招き入れることになった。
「……佐藤くんは秋恵のことが好きなんだと思ってた」
「秋恵ちゃんは僕なんかよりもっと似合いの人がいますよ」
「そうかな、俺よりよっぽど似合いだと思ったけどな」
「僕が好きなのはあなたですから、」
初めて秩父宮の芝の上で見た時から、柵越しに言葉を交わしてあの眼を見た時から、ずっとずっと僕は竹浪豊と言う人だけに恋い焦がれてきていた。
年齢も性別もどうでもいいぐらい、ただ僕はこの人に焦がれていた。
「僕が、一方的に好きなだけだから本当にわざわざ付き合うとかしないでくれてもいいんです」
「それは分かった」
少し悩んだように空中に視線を彷徨わせると、諦めたようにぽつりと「ただなあ、」と切り出した。
「告白自体はちっとも嫌じゃなかったんだ」
その言葉は希望のようにきらめいていた。
嫌がられていなかった!ほんの少しは希望があるかも知れない!それだけで僕の心は幸福だ!僕が竹浪さんを好きでいることはちっとも駄目じゃないんだ!



「……きみは俺とどうなりたい?」

その問いかけは、ずるい。
「言ってもいいんですか?」
「素直な本音を聞かせて欲しい、本当は良くない事だろうとしても」
「あなたがほしい」
「じゃあ、少しだけ我慢だ。君が高校を出てお互いの気持ちが変わらなかったら、俺をきみにあげてもかまわない」


おまけ:その頃のホテルの一室にて
野比「はい、バックス陣全員から集めた社食の件合計6枚ね」
綾村「正直社食券よりその録音が欲しい」
野比「綾村サンって変な人だよね、男なのにBL好きって」
綾村「あの二人が恋人同士なんじゃ?って一番最初に言いだしたのはお前だろ、のび太」
野比「だって佐藤くん明らかに竹浪サンに対して眼の色違うんだもん、みんな薄々疑問には思ってたでしょ?」
綾村「察してても口にしないのがマナーなんだよ」
野比「俺そう言うのが一番よくわかんない」
綾村「……生粋の日本人でも率直に言うのが美徳の国で育つとそう言う感じになるんだなあ」
野比「ああ、あとね武藤くんが『うち帰ったら本返してください』だって」
綾村「どの本?」
野比「わかんない、ハーフバックス部屋行って直接聞けば?」
綾村「そうするわ。先寝てていいぞ」
野比「俺まだ眠くないからタブレット借りて良い?秩父宮のナイトゲーム配信とあの素晴らしい海ボチャ見返したい」
綾村「お前いい加減契約しろよ……タブレットは鞄の中に入ってる。佐々はもう寝てるから大きい音禁止、里村さんが戻ってきたら水飲ませて速攻部屋に押し込んで寝かせろ。あとすぐ戻るから部屋の鍵閉めんな」
野比「はーい」

書きたかった要素全部ぶち込んだらすごいことになった。
とりあえず書きたいのは概ね書いたのでお付き合いしてからの竹浪さんと佐藤くんの話は書きたい。
野比君と綾村さんは特にちゃんと設定組んでないので書く予定はありません(今のところ)