まだ小さかったころの話だ。
小学校に入る前、僕は持病で入院していた時期があった。
スポーツ観戦が共通の趣味でだった両親の影響で、入院先で僕は様々なスポーツの試合を見て過ごした。
その中で僕が一番に惹かれたのが、真っすぐにどこまでも泥臭くやっていくラグビーだった。
サッカーも野球もそれぞれ魅力的ではあったけれど、僕はあんな軽装で(アメフトの選手の装備と比較すれば一目瞭然だろう)人と人がたった一つのボールを求めてぶつかり合い、泥にまみれて痛みに耐えながら駆けていく彼らにとても強く惹かれた。
両親はラグビーの試合を食い入るように見つめる僕を歓迎し、退院後自分が熱烈に愛する自社のラグビーチームの試合へ僕を連れて行った。
台風一過の晴天に恵まれた秩父宮だったことを僕は今でもはっきり覚えている。
その試合はダブルヘッダー(同じ日の同じ会場で試合を二つ組むこと)で、後に僕も熱烈に愛することになるチームの試合の後に、もう一つ試合が組まれていた。
福岡と府中の試合だ。
まだ現在のリーグが開幕して数か月、府中に2つチームが共存して青い府中のケモノと府中に座す黄色い帝王という俗称が残っていた(後に青いほうは時代の波に翻弄されて消えてしまうがこれはまた別の話だ)時代の話で、その時の対戦相手は青い府中だった。
相手はまだ創立間もないながら九州で頭角を現していた福岡だった。

そこに、僕がのちに熱烈に愛することとなる人が、いた。

世界が恋と呼ぶのなら

時は流れて、中学1年の春。
入学式から半月も過ぎた頃、小学校から一緒のクラスメートから「剣道部に九州一の剣道少女が入ってきた、名前は竹浪と言うらしい」という話が流れてきた。
僕はその名前に惹かれるものがあった。
この春、僕が熱烈に愛していた選手が福岡から日野へ家族で移ってきたことを聞いていた。その人と同じ名前で、年頃も僕と同じぐらいの子がいると聞いていた。
竹浪と言う苗字は珍しいし、福岡から来たというのも合致する。
「……ねえ、その竹浪さんって何組の子?」
「なに、興味あんのか?確かD組じゃなかったかな」
そう聞くと、僕はいてもたってもいられなくなり昼休みにさっそく教室を抜け出すとD組にいる友人に彼女を呼んでもらった。
小柄だけれど意志のしっかりした目をしたひとで、きっと僕の予想は当たっているだろうと確信した。
「どうも、竹浪秋恵です」
「佐藤充希です。あの、竹浪さんのお父さんって今年日野に来た竹浪選手ですか?」
「うちのとーさんのこと知っとーと?!」
「もちろん!ずっとチームのファンで!」
彼女は自分の父親のことがいることを驚くほど喜んだ。
ただ、この会話を昼休みの廊下でしたものだから彼女の父親の事は瞬く間に校内中に広まったがそれも満更ではなさそうなのが印象的だった。
放課後、僕と彼女は小学校にいる彼女の妹さんたちと合流して一緒に公開練習を見にいった。
いつも見にいっている練習グラウンドに竹浪選手がいるだけで全く違う空気が流れているような気がして、心臓はひどく激しく暴れ回った。
ふいに竹浪選手が、四姉妹と僕の存在に気付いて軽く手を振ってこちらに近寄った。
「みんな来てたのか」
「近所だからね、まさか中学校から歩いて10分程度だとは思わなかったけど」
「ひー……じゃない、母さんは?」
「少しとーさんの様子見てくるって連絡しといた。あああと、この子同級生なんだけどここのファンなんだって」
その視線がこちらにきょろりと向いた。
ラガーマンらしいがっちりとした体の奥に林檎の赤みを帯びたまるいガラス玉みたいな目があって、それを見た時に僕はこの人のファンになった小さい頃の自分をほめたたえたいような気持になった。
(あの時の僕は、何ひとつ間違っていなかった!)
彼の経歴は決して華やかなものではない。チームのエースだとか、日本代表だとか、そういう肩書は何ひとつなくてただただ血のにじむような努力で今のような立場にいる。
「あ、の、このチームのこと、好きになってください」
僕の好きなチームを僕が好きな選手が愛してくれるのならば、それ以上の至福はない。
いま思えば、それが一目惚れと言う奴だったことは、もちろん言うまでもない。
しかし、竹浪家に不幸が訪れたのはそれから一か月も経たない時だった。
ゴールデンウィーク明け、学校に彼女はやって来なかった。
買って貰ったばかりの携帯で彼女の体調を案じるメールを送ると、たった一言返事が来た。
『私は元気だけど母さんの葬式が落ち着くまでは行けない』
そのメールを貰った時、とっさに僕は竹浪選手のことを案じた。
あんなにも美しいラグビーをする人が家族を失う事の苦しみに耐えられるのだろうか?そればかりが僕の不安と心配であった。
彼女と竹浪選手が再び僕の前に姿を現すのは6月に入ってからのことだ。
それまでの間に何があったのかを僕はあまり知らないけれど、その間僕はただ彼女を介して竹浪家の人々と、竹浪選手を案じた。
彼が社業に専念する(これは社業とラグビーの両立を基本とする社会人ラグビーの世界においては引退を意味する)という可能性も僕の脳裏にはあったが、出来るならばあの泥臭くて美しい僕の愛するフランカーは僕の愛するチームにいて欲しかった。
結局彼は現役を続行し、その年のシーズンではベテランとしてチームの若手を鼓舞してチームに貢献した。
僕はその背中を竹浪家の四姉妹の代わりに(四姉妹はそれぞれ他のことに打ち込んだりして多忙だったので)声を張り上げて応援した。
泥臭いけれど美しい、彼の郷里に咲くささやかな林檎の花のごとき人。
それは、年月を経るごとにただのファン心理の領域を超えて行った。

***

高校生になり、僕は愛するチームのフロントスタッフ見習いとして働かせてもらうことになった。
そのほとんどはこまごまとした仕事だったが、愛するチームと愛する選手たちのために働けてお金も貰える(週2~3のアルバイトだから大した額ではないけれど)なんて僕にとっては十二分にありがたい事だった。
そして何よりも竹浪さんの傍にいられることが嬉しかった。
僕の作ったスポーツドリンクを飲んであの土で汚れた手で軽く撫でてくれるだけで、僕の脆弱な心臓が破裂するのではないかと言うくらい飛び跳ねて暴れ回った。
(このひとのものになりたい、)
そう考えていた僕の欲望は半年後には
(この人が僕のものになってくれたら、それはどんなに幸福な事だろう!)
にすり替わった。
奥さんがいたことも、彼女の娘と僕が年の変わらないことも分かっていた。でも、僕の好きと言う感情はずっと僕の身体の奥で暴れ、のたうち回っていた。



「俺、竹浪さんが好きです」

お願いです、俺の好きな人。
世界が恋と呼ぶこの気持ちを、どうか離さずに受け止めてください。

フォロワさんのリクで書いたお話第二弾。