こんにちは、こんばんは。

このブログを開いてくださり、ありがとうございます😊


今日は、久しぶりに曲ができたので、ここにも記録しておきます。


 



世界は少しずつ全体主義(共産主義、権威による独裁)の準備が整いつつあり、今回のコロナパンデミックで王手となりました。あとは、いつ、どのように王手が打たれるきっかけが生まれるのか、時間の問題となりました。


どうしてその臭いがわかるのか、その鍵は、聖書によると、イスラエルにあります。


何度も書きますが、聖書は特定の宗教の教典ではありません。寧ろ、種々の宗教が聖書から派生していったのです。聖書は元々、歴史や神との約束が記された「書類」でした。最初から「聖書」ではなかったのです。


そして、その「預言(※予言ではなく神から預かることば)」通りに世界情勢が進んでいます。



聖書を知った今だからいえますが、見えない世界も、世界情勢も、これ無しには理解できません。



聖書をキリスト教の教典だとか、キリスト教はあっち側(支配者側)だから聖書は支配のために書かれただとか、そういうのは、本当は1/100も分かっていない人がイメージで捉えているか、そのような情報工作をしているか、どちらかではないでしょうか。



私は前者でした。絶対に縁がないと思っていたのに、今は「これ抜きには何も語れない」と確信しているのは、そこに計り知れない神の愛と義があって、矛盾がなかったからです。


世界では牧師が逮捕されたり、聖書を読んでいただけで逮捕されたり、そういったことが実際に起こり始めたのがこの三年でした。


支配のための書物なら、なぜこのようなことが起こるのでしょうか?

気付いたひとたちの間で流行っているのも、またそれ以外で流行っているのも、スピリチュアルのほうがずっと優位ですよね?そちらのほうが支配に用いられていると考えるほうが妥当ではないでしょうか?


どうか、ひとりでも多くの人に、神からの愛のてがみを読んで、その愛を受け取ってほしい。

どんな罪の中にいても、どんなに時間がかかっても、神はあなたを待っています。


どうか、いつか、誰かひとりでも、大切な時、または適切な時に、これらのことが伝わりますように。