わたしは、翻訳とは「心をつなげる」ものだと思っています。そのためには、原語が生み出すイメージを、できるだけ忠実に再現しなくてはなりません。イメージが「原語と訳語の心をつなぐ」からです。

 

ところで、わたしたちが聴き慣れた童謡には、輸入品が多いです。歌詞は完全に音符に乗せる必要があるので、「邦題に合わせた作詞」になることも少なくありません。一方、邦題は必ずしも音符に乗せる必要がないので、基本的に「翻訳」です。そんな邦題の多くは、原題が生み出すイメージを忠実に再現できていると思います。

 

原題:Mary Had a Little Lamb 
直訳:メリーは 小さな子羊を飼っていた
邦題:メリーさんの羊

 

原題:Twinkle, Twinkle, Little Star

直訳:キラキラ 小さな星よ

邦題:きらきら星

 

原題と邦題から、ほぼ同じイメージが頭に浮かびませんか? 

さて「線路はつづくよ、どこまでも」という邦題のイメージはどうでしょう。

 

原曲 "I've been working on the railroad" は、アメリカの線路工夫が、朝から晩まで、年がら年中働き続けなくてはならないという、過酷な労働状況を歌ったものです。歌の後半では Dinah (奥さん? お手伝いさん?)の情事をも嘆いています。

 

日本では最初、1955年「線路の仕事」として大人向けに発表されました。1番は訳詞ですが、2番の内容(Dinah の情事)は削除され、新たに作詞されています。

 

その後、童謡として「線路はつづくよ、どこまでも」が作詞され、1962年 NHK「みんなのうた」で発表されました。

 

原題:I've been working on the railroad   
直訳:おれはずっと線路で作業しているんだ
邦題:線路の仕事(大人向け、訳詞と作詞)

邦題:線路はつづくよ どこまでも(子ども向け、作詞)

 

「働けど働けど、線路はどこまでも続き、終わりがない」

 

このイメージは、「線路はつづくよ どこまでも」という邦題からこそ頭に浮かぶのではないでしょうか。歌詞として、完全に音符に乗っているのも魅力的です。子ども向けの名訳だと思います。

 

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