Lost Destination 「6.神の力」 | 水穂の小説置き場とひとりごと

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 ずっと、ずっと。
 不安に思っていた事が現実になった。
 インタレア王国とヴェスリトン王国が開戦した――。
「……」
 カイトは、遠く、窓の外を眺める。ヴェスリトン王国がある方角を。
 心が繋がっているはずのメイコの存在が、今は感じられないでいた。
 この悲しみと恐怖と空虚感は、はたしてどちらが感じ取っているものなのだろうか?
 開戦してから数週間。何度も手紙を出しているが、返事もない。ヴェスリトンからも、何も連絡が入ってきていない。
 戦況がどうなっているかも、分からない状態だ。
 コンコン
 遠慮がちに、ノックが聞こえる。
「カイト? オレ。入るよ?」
「……」
 窓の外を見つめたまま、カイトは返事をしない。
 それを見越してか、返事を待たずにドアが開き、レンが入ってくる。
「カイト……」
 親友の名を呼ぶその顔は、不安と心配に満ちていた。
「……ああ、レンか……」
 横目でチラリ、と少年の姿を確認する。
「よく来たな……」
 生気のない声で、それでも訪問した少年を歓迎する。
「カイト……大丈夫?」
 心配でたまらないのだろう、レンが声をかけてくる。
「ああ……。今、お茶を入れるよ……」
 カイトはテーブルへ近づき、用意されているティーセットに手を伸ばす。
「……連絡、あった?」
 聞きづらそうに、レンが問う。彼もカイトと同じく第一級騎士団に所属する騎士だ。しかもその腕が評価され、今や一番隊の隊長を務めるまでになった。
 当然ながら、他国の争いも耳にしている。
「いや……」
 さらに表情を曇らせ、短く答える。
「そっか……」
 レンも肩を落とす。
「……こんな感覚は、初めてだ」
 ぽつりと、カイト。レンは顔を上げて、彼を見る。
「ずっと遠くにいて、たまにしか会えなくて。それでも不安になったり、寂しさを感じる事はなかった」
 見ると、カップへと伸ばしたはずの手は、小さく震え、それを抑え込むように握られている。
「俺が生まれる前から、彼女の存在は、俺の存在意義だった……常に心に感じていたんだ。あの、温かさを……」
「……」
 レンは、かける言葉がない。黙って、カイトの話に耳を傾ける。
「なんで、こんな事になっているのか……俺は正直分からないんだ」
 そう、本当に分からなかった。インタレアとヴェスリトンの関係は、順調だとメイコから聞いていたのだ。
インタレアから一方的に開戦宣言がなされ、裏切られた形になっているとはいえ、何故突然こんなことになったのか。
そして、それ以来メイコとの連絡が途絶えた。
 震える手を開く。両掌を見つめ、
「何か、靄のようなものがかかっているんだ。ずっと。砂嵐のような、煙のような……」
 言葉が途切れる。しばらく、沈黙の空気が二人を包む。
「……オレも、正直良く分からないよ。でも、この国も、戦禍に巻き込まれるかもしれない。今は、いつでも戦える準備をしておかなくちゃ」
 ゆっくり踏みしめるかのように、レンが口を開き、続ける。
「メイコさんも、きっと無事だよ。だから、それを信じ――」
「分かるものか!!」
 ガシャァァン!
 突然、カイトは叫び、テーブルの上のカップを右手でなぎ払った。
 思わず一歩身を引き、たじろぐレン。
「――……!」
「俺の一部なんだ! 俺が分からないのに分かるわけないだろ! それなのになぜメイコが無事だと言えるんだ!!」
 ダンッ!!
 両手で、テーブルを殴りつける。カップの破片で傷ついたのだろう、その手には幾筋か赤い線が入っている。
 再び静まり返り、しんとなる。
 レンは完全に言葉を失ってしまった。こんなに荒れたカイトを見たのは初めてだった。
 カイトはそのまま、その場に崩れ落ちた。
「……悪い、レン。ちょっと、疲れてるんだ……しばらく、一人にしてくれないか?」
「あ、ああ……ごめんよ」
 困惑を隠せず、レンは素直にうなずき謝罪する。
「いや……俺こそ、取り乱してすまない……」
 謝罪こそ口にするが、カイトは力が抜けきりレンの顔もまともに見られない。
「ううん。無責任な発言して、本当、ごめん。ゆっくり、休んで」
 そう言うと、レンは出口へ向かい、ドアを開けた。
 部屋を出てから、振り向き、カイトを見る。そのとき、初めて彼の涙を見た気がした。
 そっとドアを閉め、レンはカイトの部屋を後にした。


 月明かりが、僅かに辺りを照らす。
 カイトは、自宅の庭にいた。
 風に当たりたくて外へ出たはずが、今夜は無風だ。
 街灯も落とされていて、街は暗く静まり返っている。
「……ふぅ……」
 昼間の事を思い出し、小さくため息を吐く。
(レンには、悪い事をしたな……)
 後悔が募る。あの時の、うろたえたレンの表情が頭から抜けない。
「……少し、歩くか」
 ひとり呟き、庭から外へと出る。
 見慣れた街並みも、深夜となるとその表情はまた違うものを見せる。
 活気づいて賑やかな昼と、人気のない静かな夜。
 月明かりが映し出すその輪郭は、どこからか伝説に出てくる精霊がやってきそうな、幻想的な雰囲気を感じる。
 カイトは、夜の街を散策するのが好きだった。小さいころからよく屋敷を抜け出しては、あちこち歩いたりしていた。
 多少、街並みは変わっているが、カイトが好きな雰囲気は今も健在だ。
「うん、やはり落ち着くな」
 ゆっくり歩きながら、その雰囲気を味わう。
「――あら? カイトさん?」
 後ろから、女性の声。
 カイトは振り向いた。
「……ルカさん!」
 カイトは目を丸くして驚き、女性の名を呼ぶ。
 ルカは微笑んで、
「今晩は。お散歩ですか?」
「え、ええ。お久しぶりです。ノルクトンに、戻られていたのですか……」
 ルカの登場に、カイトはやや戸惑っていた。
 彼女はノルクトン出身の王族家系の貴族で、カイトとも面識があった。二年ほど前にインタレアの貴族に嫁いだきり、会っていなかった。
「ちょっと里帰りです。ご存じでしょうが、今インタレアは落ち着きがなくて」
 少し困った表情で、ルカ。
「あ、ああ、そうですよね……御無事で何よりです」
「カイトさんも、元気そうですね」
 ニコッと笑って言う。
 どこをどう見て、そう思うのだろうか。正直カイトは愛想笑いを浮かべるしか出来なかった。
「そうだ。カイトさん、お時間あります?」
「え? ま、まあ……」
 マイペースなルカに、さらに戸惑うカイト。すっかり夜も更けているこのタイミングでする質問だろうか。
「よろしければ、ちょっとお付き合い下さらない? カイトさんに会わせたい方がいるんです」
「会わせたい方……?」
 眉根を寄せ、カイトはオウム返しに聞く。
(こんな時間に、一体誰と……? それにルカさんはこんなところで何をしていたのだろう?)
「ええ、行けば分かりますわ。こちらです」
 言うなり、ルカは歩き出した。仕方なしに、カイトはついて行く。
「しばらく来ないうちに、だいぶ街並みも変わりましたね。そういえば……」
 歩きながら、他愛もない話を続けるルカ。まるで、カイトからの質問を寄せ付けまいとするかのように。
 そんな彼女をどこか不審に思いつつも、カイトは適当に会話を合わせていた。
 明らかに怪しいが、会わせたいという人が気になったからだ。
 街の中心部からやや外れた場所に出る。そこからしばらく歩き、スラムの入り口近くまできた。
(ずいぶん遠くまで来たな……)
 カイトは辺りを見回しながら、風景を記憶する。さすがに夜だと、帰り道に迷いそうだ。
 入り組んだ道に入り、間もなくして、
「ここです」
 とルカが告げた場所は、古びた教会だった。
 ギィィ……
 耳障りな音を立て、扉を開ける。そして、ルカは中へと入って行った。
「……」
 一瞬だけ躊躇うが、カイトも続いて中へと足を踏み入れる。
 ミシッっと、床がきしむ。中は暗く、ぼんやりと蝋燭だけが灯されているが、その明かりは細部までは届いていない。
 長イスなどもなく、だだっ広い室内。かつては美しい装飾がされていたのだろうが、今は全て剥がれ落ち、床板や柱がむき出しになっている。
 火事にでもあったのだろうか、煤とカビの臭いが入り混じり、漂っている。
 ルカの進む先、ちょうど中央に一人のシルエット。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
 言われるまま、カイトはその影のもとへ進む。ルカは寄り添うように彼の隣に立った。
 やがて明かりに照らされ、その姿が見える。
「初めまして。ルカの夫の、カムイと申します」
 彼はさわやかな笑顔で、一礼した。
「……初めまして。カイトと申します」
(会わせたい人って、ルカさんの旦那さん?)
 怪訝な顔をしつつも、カイトは挨拶をした。
「お会いできて光栄です。突然来て頂いて、申し訳ない」
「いえ……それで、自分に何かご用でしょうか?」
 ルカをちらっと見ながら問う。
「ええ。実は……あなたに耳寄りな情報がありまして」
 ぞくっ……
 そう言った瞬間、カイトは彼との間合いを取った。
 何か、殺気めいたものを感じたのだ。
「お前……何者だ?」
 カムイをにらみ、警戒する。
「ふむ……さすがに感は鋭そうですね」
 目を細めて、カムイ。しかし、余裕の態度で続ける。
「まあ、そう警戒しないでください。私はインタレアの人間ですが、貴方に攻撃をするつもりはありません」
 両手を広げて見せるカムイ。しかし、カイトは警戒を解かない。
「なぜなら、貴方に協力していただきたい事があるからです」
 腕を下ろし、カムイは続けた。
「協力?」
 いくらルカの旦那とはいえ、話を聞く筋合いはないが、カイトの中で何か引っかかるものがあった。
 いつでも剣を抜けるよう、気を張りつつカムイの話を聞くことにした。
「そうです。私達は考古学の研究をしていましてね。最近、とても面白い文献を発見したのです。カイトさんは、魔法というのを御存知ですか?」
「……神が扱ったとされる、人には使えない力の事か?」
「さすが博識でいらっしゃる。その通りです。我が国からの要請もあり、私達はその神の力を研究しています。そこで、カイトさんに協力してもらいたいのです」
 いきなり話が飛び、カイトは首をひねる。
「何故、そこで俺なんだ?」
「良い質問ですね。それは、あなたが神の力を扱える可能性があるからです」
 あまりにもさらっと言われ、沈黙する。
「……?」
「私達の研究で、それが分かったのです。ですから……」
「ちょっと待ってくれ。それを信用しろと言うのは無理だ。なんにせよ、インタレアの戦力強化に繋がる研究なんか、俺は協力できない」
 カムイの言葉をさえぎり、きっぱりと言い放つ。
「まあ、そう言うと思ってましたわ」
 今まで黙って見ていたルカが、口を開く。
「でも、カイトさんは私達に協力せざるを得ないんです」
 不敵な笑みを浮かべて言う。
「……どういうことだ?」
 その質問を待っていましたとばかりに頬笑み、
「メイコさんの身柄、私達が確保していると言ったら、どうします?」
「――!?」
 目を見開き、驚愕する。
「……っ!」
 そしてルカを睨みつけ、剣に手をかけた。
「あら、私達を切るんですか? メイコさんの居場所、分からなくなっちゃいますよ? 心に、感じ取れないのでしょう?」
「くっ……何故それを……」
 剣を抜けず、まともに動揺するカイト。
「私達の研究で得た結果です。物理的な存在の人とは違う、神の力とは即ち精神そのもの。つまり人でいう心に近いものなのです。だから、心が欠けているカイトさんなら、その空いている所に神の力を宿す事が出来るのです」
 嬉々としてルカは語る。その狂気じみた表情に、カイトはぞっとした。
(正気じゃない――)
 大昔に存在したと言われる神。それはもはや伝説であり、存在していたかどうかも証明されていない。そんなもの、どうやって信じろというのだろう。
「ルカさん……どうして、インタレアに協力するんです……貴方は、ノルクトン出身なのに……」
「私を捨てた国なんて、どうでもいいんです! 私の研究をけなし、否定し、馬鹿にしたこの国なんて!」
 カイトの言葉に突然、鬼のような形相で怒鳴り声を上げる。しかしすぐに恍惚の表情でカムイを見つめる。
「私は、カムイ様の妻。私の事も、私の研究も、何もかもを受け入れてくださった。私はもうインタレアの人間なのです」
 そっとカムイの腕に手を当て、愛おしそうに頬を寄せた。
「そういうことです。さあ、カイトさん。こちらへいらして下さい」
 手を差し伸べるカムイ。しかし、カイトは動かない。
「……」
「何を迷う必要があるのですか。神の力を手に入れれば、貴方はもっと強くなれる。そしてメイコさんの居場所も分かる。その代わり、少しだけインタレアの力になって頂くだけです。耳寄りな情報だと、思うのですが?」
「断ったら、メイコはどうなる?」
「さあ……。ヴェスリトンとは今この状況ですし、上の方の判断によりますが……まあ、無事では済まないのではないでしょうか?」
 さも当然かのようにカムイが言う。
(くそっ!)
 奥歯をギリギリとかみしめ、二人を睨みつける。
 だが二人は臆することなく、ゆったりと佇んでいた。
「……っ」
 目を伏せ、カイトはゆっくりと、剣から手を離す。
「……分かった。協力する」
 未だにメイコの心を感じられないカイトは、諦めるしかなかった。ヴェスリトンの状況も分からない今、確実にその情報を持っている人物がここにいる。
(協力するふりをして、なんとか情報を引き出すしかない)
 そう簡単に行くとは思えなかったが、カイトにはもうそうするしかなかった。
「さすがカイトさん。ご賢明な判断です」
「それで、俺はどうすればいい?」
 嬉しそうなカムイに、ぶっきらぼうに話すカイト。
「私達の言う事に従っていただければいいだけです。どうぞ、こちらへ」
 さして気にする様子などなく、カムイは手を差し伸べた。
 ルカはカムイから離れ、暗がりから何やら取り出し、準備を始める。
 警戒しながらも、二人に近付くカイト。カムイが差したところには、先ほどまで暗がりで見えなかったが、よく見ると床に赤いラインで不思議な絵のようなものが描かれている。
 そのさらに外側に設置された燭台に、ルカが火をつけてく。
「そのサークルの中心に立って下さい」
 言われるまま、カイトはその場に立つ。
 カムイは懐から、彼の手のひらに収まるくらいの大きさの本を取り出した。
「これから、神の力を宿す儀式を行います。カイトさんは心を安らかにしていてください」
 そう言って、本を開く。
「これが終わったら、どうするんだ?」
「終わった後にお話しします。今は、私達の研究にお付き合いください」
 カイトの質問に、やや口調がきつくなるカムイ。真剣そのもの、といった感じだろうが、ルカ同様、異様な雰囲気を漂わせている。
「カイトさん、これを持って下さい」
 火を灯し終わったルカが、カイトに古びた杯を手渡す。中には薄い紅色がかった透明な液体が入っている。
「これは?」
「お酒です。聖水のようなものとお考えください。合図をしますから、その時に飲み干して下さい」
「……」
 疑いのまなざしで、その酒を見つめた。水面には自らの顔が映り込んでいる。
「では、始めよう」
 カムイの言葉にルカはうなずき、カイトから離れた。二人は描かれた円の外側で、カイトを左右から挟むような形で立ち、向かい合う。
 ルカも本を取り出し、開く。そして、二人は同時に何かを呟き始めた。
(な、なんだ?)
 祈りの言葉のような、しかし言葉とは程遠い音で、歌いあげるように紡いでいく。まるでそれに反応しているかのように、燭台の炎が揺れ始める。
 その異様な音に、カイトは少し寒気を覚えた。
(……気分が、悪くなる……)
 紡がれ続ける音を聞き、だんだん心がざわついてくる。
 そして、唐突にそれが途切れた。
「……?」
 思わず二人を交互に見る。虚ろな目が、カイトを見つめていた。
 そして、ルカがあいてる手をすっと伸ばす。手のひらを返し、合図をする。
(これを、飲めということか)
 杯に目線を落とす。カイトは毒でも入っているのではと疑ったが、それを飲ませる為にこんな手の込んだ事をするとは思えない。
「――」
 勇気を出し、目をつぶって一気に飲み干した。
 酒独特の香りと刺激が口内に広がり、鼻を抜けていく。液体の冷たさが喉を通っていくのが分かる。
 カイトが酒を飲んだのを見届け、二人は再び歌いだす。
「!?」
 その瞬間、急に喉が熱くなった。
 カランッ
 乾いた音を立て、杯が床に落ちる。カイトは両手で喉を押さえた。
「う……ぐ……」
 二人の声がどんどん大きくなるにつれ、カイトの心がかき乱されていく。さらに、身体中が熱くなり、まるで火の中にいるようだった。
「や、やめろ……!」
 その音を聞くまいと、両耳をふさぐ。しかし、それはますます大きくなるばかりだ。
「うぅ……あああ……!!」
 ボタボタと汗を振り乱しながら、カイトは膝をつき、苦しむ。
 頭の中で、二人の声がガンガンと反響する。
 意識が、精神が、何かに浸食されていく恐怖が襲う。身体を突き抜けんばかりに、心臓が脈打つ。
 身体の異変に、カイトはもう何も考える事は出来ず、もがいた。
「うあああああああああああ!!!」
 カムイ達の声をかき消すかのように声を上げ、カイトはそのまま倒れ込み、意識を失った――。


 まぶたの上から照らされる光に眩しさを覚え、ゆっくり目を開ける。
「ん……?」
 霞む視界に、赤い光が差し込む。
 目をこすり、身体を起こした。ふわっと、手触りのよい赤い絨毯が広がっている。
 立ちあがって、辺りを見回した。
「ここは……?」
 細かい細工が施されたステンドグラス。赤で統一された広い室内。差し込む光は強く眩しいが、温かさは感じられない。
「さっきの場所じゃないな……」
 ルカとカムイの姿がない。カイトは自らの身体を確認するように、足先から手のひらまで視線を流す。
「生きて、るよな?」
 両手を握ったり、開いたりし、感覚を確かめる。
 すると、遠くで音がした。
「――誰だ? ……え?」
 振り向くが、誰もいない。しかし、ハッキリと声がする。
「まさか、そんな――」
 周りには誰もいない。姿も、音もしない。
 だが、カイトには〝それ〟が聞こえていた。
「……本当に、神なのか……」
 独り言のように、語りかける。まったくの無音だが、カイトは対峙する神と会話をしていた。
「――……、そうか、そういうことか……」
 驚きの顔から、悲しみ、そして憎しみへ――。
「ああ、望むよ。その力を、あの世界へ!」
 剣を抜き、差し込む光へと掲げる。
 ガガァァン!!
 閃光と共に爆音が鳴り響き、カイトの意識は再び闇へと沈んで行った。


 その昔、まだ神と人が共存していた頃。精神を共有し、心を繋げる事が出来る人間達がいた。
 神の力に依存し、生活していた人々だったが、やがてその力を脅威と捉えるようになった。そして、神々に対抗するため、神の力を盗み出す事にした。
 心の欠片を贄とし、神にささげることで忠誠を誓い、空いた心にその力を宿したのだ。
 そうして多くの神の力を手に入れた人々は、神に反旗を翻し全滅させ、人類だけの世界を作った。
「まさか、それが実現できるとは思っていなかったよ」
 手にした書物に目を通しながら、カムイは嬉しそうに言う。
「全滅した神は、人々に物理的な干渉が出来なくなったと言うだけで、精神世界では健在であるという仮説も、証明できましたね」
 ルカはノートに何かを書きこみながら、答える。
 インタレアにある、二人の研究所。所狭しに古い書物や文献がならび、または散らかっている。
 ノルクトンにて、カイトを協力させることに成功し、無事に神の力も宿す事が出来た二人は、インタレアへ帰還していた。
「君の功績が認められる日も近いな」
 カムイの言葉に、ルカはふふっと笑う。
「これで、作戦が順調にいけば、言う事ありませんね」
「そうだな。ヴェスリトンは間もなく落ちるだろう。あとはカイトが上手くやってくれれば、だな」
 手にした書物を閉じ、棚へと戻す。
「しかし、人と言うのは恐ろしいな。驚異的な力を手に入れた途端、ああも変わってしまうのだからな」
 儀式が終わり、意識を取り戻したカイトは、まるで別人のような目つきをしていた。手に入れた力を目の前で披露し、哄笑したのだ。
「礼代わりだと言ったが、すんなり私達に協力してくれるとは思わなかったよ」
「すんなりしすぎて、ちょっと怖いですけど」
 明るく話すカムイに対し、書いている手をとめ、少し不安をのぞかせるルカ。
「メイコさんの事を知ったら、私達殺されるのではないでしょうか?」
 カムイへ振り向いて問う。
「漆黒の民族でも見つけない限り、危険な気がします」
 伝説では、神の生まれ変わりを魂に宿した漆黒の民族のみが、神の力を手にした人間を打つ事が出来たと言われていた。しかし歴史上で、その民族は絶滅している。
「大丈夫。そこは手を打っているさ」
 そう言ってルカに近付く。
「今回の作戦はまず、ノルクトンで特に勢力のある第一騎士団の特別隊と一番隊を、それぞれ時期をずらしてヴェスリトンの応援に出発させ、ノルクトンを手薄にする。次に、カイトに特別隊を殲滅させてから、ノルクトンへ進撃を開始する」
「ええ、そこまでは知ってますわ」
「ノルクトンへの進撃は、カイトも同行させる。一番隊が戻ってくる頃には、カイトの裏切りが知れ渡るだろう。そうなればノルクトンはカイトを集中的に攻撃してくるはずだ。その時、こちらからもカイトを攻めれば……」
「なるほど。いくら神の力を持ってしても、それはひとたまりもありませんわね」
 安心したのか、ふっと笑みをこぼすルカ。
「特別隊はそろそろ、ヴェスリトンの国境付近に到着するはずだ。カイトは任務を遂行し次第、こちらに来る。それまでゆっくり過ごそう」
 そういって、カムイはイスに座っているルカを後ろから抱き締める。
「カムイ様……」
 頬を赤らめ、ルカはカムイの腕にそっと手を触れた。
 耳元に、彼の吐息が当たる。
「……んっ……」
 反射的に身体を縮こませ、声を漏らす。
 カムイはルカの頬に指を滑らせ、そのまま顎を引きよせた。
 コンコン
「!」
 二人の唇が重なるのを、ノック音が遮る。
「……誰だ」
 カムイはルカから離れ、不機嫌に扉へと声をかける。
「お仕事中に失礼します。お手紙をお持ちしました」
 扉を開けると、若い兵士が一人立っていた。
「手紙? ……御苦労だったな」
「はっ。失礼いたしました」
 若い兵は手紙を渡すと敬礼し、素早く立ち去って行った。
 カムイは扉を閉め、封を開けて手紙に目を通す。
「……!」
「どうしたのですか?」
 ルカは立ち上がり、手紙を見つめるカムイの傍に寄る。
 カムイは手紙から目をそらさず、
「……カイトだ。もう、終わったらしい」
「え? いくらなんでも、早すぎませんか?」
「ああ。直接、話を聞こう」
 そう言うと、カムイは手紙を懐にしまう。
 そして二人はそのまま外へと出て行った。


 一瞬のことだった。
「貴方の仰せのままに、全てやり遂げた。これで満足だろう?」
 言葉を交わす時間などなく、ルカはカイトの剣で切られ、カムイは彼の力をまともにくらい、地面に倒れ伏していた。
「……ど、どういう……ことだ……」
 見上げた先には、その手に剣を携えたカイトの姿。
「特別隊を全滅させた。一番隊も後から付いてきている。もたもたしていたようだったから、ついでにヴェスリトンも破壊してきた。満足だろう?」
 月明かりを背にし、シルエットだけが浮かぶ。表情は読み取れないが、その声に感情はない。
「なぜ……私達を……」
 弱弱しく、カムイは問いかけた。
「……気づいていないのか」
 ふっと、カイトが笑ったような気がした。
「俺は神の力だけじゃなく、神の意志も宿している。その時全てを知った」
 一歩、カムイへ近づく。
「貴方達は素晴らしい研究者だ。ほぼ真実に近い答えを導き出していた」
 また一歩。
「俺に神の力を与える儀式も、一つも間違わず順序通り行われた。よくあそこまで調べ上げられたものだ」
 また、一歩。
「メイコを贄とし、祈りの言葉をささげ、その血を飲むことで神に忠誠を誓わせる」
「!?」
 カムイは愕然とした。儀式の説明は、カイトにはしていない。
(何故――?)
「神が教えてくれた。全てを」
 彼の疑問に答えるかのように、カイトは言う。
「知っていたのか……なら、どうして……」
「礼だと言っただろう? それに、貴方の作戦に乗った方が、スムーズにこの世界を壊せると思ったからだ」
 そして、一歩。
「元々この世界は、神々が作り上げた場所。インタレアや人間どもが制覇すべき場所ではない」
「く……」
 カムイは必死に身体を動かそうとするが、手足に感覚はなく、立つこともできない。
「メイコのいない世界など必要ない。俺が神々に返してやる!」
 カムイの頭上で、カイトは剣を構える。
「死の世界で、メイコに謝罪と償いをするんだな!」
 そして、カムイの背中へ剣を突き立てた!
「ぐあぁ……っ!!」
 抵抗する事も出来ず、カムイは絶命した。
「……」
 剣を抜き、カムイの隣に倒れているルカを見る。
 腹から血を流し、すでにこと切れているようだ。
「安心するがいい。しばらくは貴方達の作戦通り、行動させてもらうよ」
 二人の遺体に背を向け、
「さあ、帰ろうか。ノルクトンへ――」
 輝く月の方角へ。カイトはゆっくりと歩き出した。



――Lost Destination――   完