毎週土曜日は
多摩地域のトピックスをお届けする
多摩コラム
「多摩地域」
東京都の中で
23区の西側に位置する30市町村をまとめてこう呼ぶ。
東京らしくない側面もある地域かもしれないが、
それでも「多摩」といえば、この東京都30市町村を指すのが一般的だ。
ところが、地図を見ているとひとつ気になることがある。
「多摩」という名称が
多摩地域以外でも使われていることだ。
多摩川が23区を流れている
とか
東急多摩川線が大田区にある
とか
そんなことではない。
もっとあからさまに使われている重大な事態だ。
それは
川崎市多摩区
多摩地域の©(コピーライト)だと思っていた「多摩」の名称が
神奈川県で堂々と使われている。
これは由々しき事態!
そこで、今回は
川崎市多摩区を徹底的に調べ上げて
本当の多摩はどっちか??
に決着をつけるべく、いわゆる
多摩戦争を仕掛けたいと思う!!
真の「多摩」を決める
真剣勝負、いざ開幕!
●川崎市多摩区のデータ
相手と戦うには相手のことを知る必要がある。
というわけで、
川崎市多摩区のデータを調べてみた。
川崎市多摩区
人口:221,833人(調布市とほぼ同じ)
面積:20.50平方キロメートル(小平市とほぼ同じ)
主な観光地:生田緑地、岡本太郎記念館、藤子F不二雄ミュージアムなど
(参考:Wikipedia-多摩区)
多摩区は川崎7区の一つで、川崎市の中で最も北に位置する。
1972年の川崎市の政令都市移行に伴い、多摩区が誕生した。
その後、1982年に麻生区(新百合ヶ丘あたり)が分区して、現在の多摩区となったようである。
多摩区役所は登戸が最寄り駅。
そして、多摩区の中心も登戸ということになるようである。
交通で言えば、区内にはJR南武線が南北に小田急線が東西に走る。
そして、北部の稲田堤を京王相模原線がかすめている。
名産品は多摩川梨
多摩川梨ブランドでナシを生産しているのは稲城市と共通する。
いわばライバルだ。
そして、多摩地域の市で言えば、
狛江市・稲城市・調布市と境界を接している。
いずれも多摩川をはさんでいるので「陸続き」ではないが、まさに「お隣の町」である。
●なぜ「多摩区」という名前が付いたのか!?
それにしても、
なぜ「多摩区」という名前を付けてしまったのか!?
まさか
東京都に多摩地域があることを知らなかった…??
いや、そんなはずはない!
その理由については、
多摩区のホームページにこんな記述がありました。
「北に多摩川が流れ、南には多摩丘陵が広がる自然豊かなまち多摩区」
そうか…
よく考えたら多摩区は、多摩川と多摩丘陵に囲まれた区だった。
(生田緑地は多摩丘陵の一部)
ということは、多摩の一部としてみるのが正しいということか。
そもそも「多摩丘陵」について調べてみると
・高尾山麓を西端とし、町田市、横浜市にかけて広がる丘陵である。
・南端は東京湾や三浦丘陵とつながっている。
実は多摩丘陵は多摩地域にあるのではなく、
高尾~南多摩~横浜~三浦半島につながる巨大な丘陵だった。
だから、地形的には
・生田緑地(川崎市)
・ズーラシア(横浜市旭区)
は完全に多摩丘陵にあるし、
さらに三浦半島の北端に位置する
円海山公園(横浜市磯子区)まで多摩丘陵に属するという説もあるらしい。
もちろん多摩区も「多摩丘陵」の一部が含まれているので、多摩を名乗ることは何ら不自然ではないのだ。
いや、むしろ多摩地域は多摩の一部を借りているにすぎないのだ。
●実は「多摩地域」と深いつながりが!
さらに、多摩区の歴史を紐解くと、こんな事実が…
1910年 - 多摩川氾濫。
稲田村など5ヶ村民が村区域変動で争う。宿河原の一部が切れて、狛江と地続きになる。
1912年4月 - 府県境界変更により多摩川を東京府と神奈川県の境とし、上布田の飛び地、下布田の飛び地、和泉の飛び地が稲田村に編入、宿河原の飛び地が狛江村に転出。
(出典)Wikipedia-多摩区
なんと
狛江と現・多摩区はかつて領土が入り組んでいて、多摩川の氾濫でも深いつながりがあったのだ!
そして、現代に
多摩地域と多摩区をつなぐ「ある施設」
がある。
それが
よみうりランド
よみうりランドの会社は稲城市を本社所在地としているが、遊園地・ジャイアンツ球場・聖地公園など多くの施設は「多摩区」にある!
さらに言うと京王よみうりランド駅と遊園地を結ぶゴンドラ「スカイシャトル」は、稲城市と川崎市多摩区を結んでいますが、
これは
日本で唯一の県境を超えるゴンドラ
といわれているそうです。
ここまでをまとめていくと
・多摩地域と多摩区は「多摩丘陵」をシェアしている
・梨、境界線、よみうりランドなど、多摩地域と多摩区は何かと縁がある
これは
敵対視するのではなくて、
むしろ仲良くしていくべきでは??
●こうなったら「多摩区」に行ってみよう!
いやいやまだ仲良くすると決めつけるのは早い!
相手がどんな場所なのか?
実際に訪れてみないとわからないではないか!
というわけで、
多摩区の中心・登戸に行ってみました!
最後に↑↑
多摩川で完全に隔てられている多摩区と多摩地域
これらを結ぶ唯一の道路橋「多摩水道橋」
この橋が架かる前からこの間には
狛江の渡しが運行されていて、古くから人の交流があったそうです。
やっぱり多摩区とは浅からぬ縁がある。
ここは仲良くしていかなきゃいけない!
この多摩水道橋を見て強く感じました。
「多摩戦争」は中止します!
私は、この多摩水道橋が
これからの多摩地域と多摩区の末永い良好関係の
証となってくれることを願ってやみません。