(七) ジャガイモのような男
テリハマボウの葉が朝の光に照らされて、ぬれたように輝いていました。早くもつぼみが少しずつ開き始めています。一日のうちに花を開き、夕方になると散ってしまう、忙しくも、はかない花です。色も朝昼は黄色で、夕方が近づくと赤に変色します。すこし茶がかったレンガ色です。
シマホルトの板の上で、トーマは目を覚ましました。ママに体を寄せて眠っていたのです。ママはとっくに目を覚ましていたようですが、トーマの眠りをさまたげないよう、優しく見守ってくれていたようです。
ママのほんわかと温かい視線を感じながら、ずっとこのままでいたい・・・しばらく眠ったふりをしていました。
すると、シュロのカーテンが揺れ、ロクジイが姿を現わしました。
「さあ、いつまで寝ているんだ。でかけよう」
チュルチュイ・チュ・チイ・ピチイー・・・チョイがまた文句を言いました。
「水入らずを邪魔するの? 折角、ママのそばで寝てるんだから、しばらく放っておいてあげなさいよ」
その声をきいて、トーマは身を起こし、ロクジイのそばにいきました。
「僕は、もう起きたよ」
「じゃあ、行こう」
ロクジイは折りたたんだ羽根を広げ、大きくはばたきました。後ろでチョイがまだぶつぶつ言っています。
朝の光を一杯に浴びながら、西方へと飛びました。ロクジイは途中振り返りながら、ちょっと失礼なことを言いました。
「お前たち赤ポッポはな、おれたちコウモリと違って、何でも食べる。丸いものなら、なんでも呑み込むと言われているほどだ。だから、わざわざ案内することもないのだが、困ったときに行くところだけは教えておこう」
しばらく飛んだあと、ロクジイは高度を落とし、ひときわたかくそびえ立つリュウゼツランのこずえ近くにとまりました。トーマも並んでとまります。オガサワラ・オオコウモリと黒ポッポとが並んでとまっている光景を見たら、人間どもは、さぞや驚くに違いありません。
目の下には、平らな草っぱらがひらけていました。人間の住む木造の建物も二、三建っています。
ロクジイは、たたんだ羽根で草っぱらのはじを指しました。
「あそこに、赤い花が盛んに咲いている木があるだろう。きれいな花だが、あれには気を付けた方がいい。どんなに美味しそうな餌が転がっていても、あのそばではあさらないことだ。何か急なことがあって、飛び上がるとき、枝に生えるトゲにひっかかるおそれがある。俺たち野性の動物は、怪我をしたら命取りになる」
たしかに、草っ原に沿い、少しピンクがかった美しい花を付けた、背の低い木が並んでいました。垣根のようです。
「あそこに大きなガジュマルの木があるだろう? あれはおいしい実をたくさん落としてくれる。おれたちがここを『ジュマル』と呼んでいるのも、あの木があるからだ。でも、あの中にも気を付けた方がいいものがある。人間どもは、物好きにもあの木の枝に小さな家を作っているんだ。ときどきあの家の窓ガラスにぶつかる鳥がいる。あの家に限らず、島中の窓ガラスという窓ガラスには気を付けた方がいい。頭をぶつけて怪我をしたり、下手すると、死んだりした赤ポッポが結構いるんだ」
そのとき、そよ風に乗って、おいしい匂いが漂ってきました。コーヒーの匂いです。コーヒーは赤ポッポにとっても良い匂いなのです。草っ原の真ん中あたりに、コーヒーの木が並んでいて、赤くて小さな実を付けています。
その実たちをトーマが見つめているのを察したのか、ロクジイが注意しました。
「あれは、人間どもが大事にしている実だから、地面に落ちた実はいいが、枝についているのはつつかないことだよ。そんなことをしなくても、ここには餌がたくさんある。ほら、モモタマナの木もあるだろう。幹がすっと伸びて、傘のように枝を広げている木だよ。あの実は実においしい。おれたちコウモリも大好物だよ。それにヤマザンショウもある。枝が細くてとまりにくいが、どうせ、お前たちは地面に落ちた実をおもに食べるからな」
赤い花を咲かせる垣根の反対側に、竹林のようなものがあり、さわさわと鳴っていました。その中から、ひとりの人間が姿を現わしました。よく日に焼けた、体の丸い男です。歩くより、転がした方が速いかもしれません。
「ジャガニイだよ。大きなジャガイモに似ているだろう。あの奥さんも、揃ってあんな体をしているから、ジャガネェとおれたちは呼んでいる。ジャガネェはニワトリの雌のようにジャガニイのあとをついて回っているが、本当はジャガネェの方が強い。見てろよ、そのうちジャガネェが怒鳴るから」
その通りで、ジャガネェが大きな声で何か言いました。すると、ジャガニイは頭をかきかき竹林の方に戻っていきました。何か忘れ物でもしたようです。
「あいつらは、まっとうな連中だよ。第一、鳥好きだ。子供はいないようだが、いつも『鳥たちが子供です』と言っているらしい。コウモリにも親切にしてくれるよ。人間どもの中には、網を張って、おれたちコウモリとか、お前たち赤ポッポを捕まえ、足にわざわざ輪っかをはめたりする連中もいる。何のためにあんなことをするのか理解に苦しむが、あいつらはそんなことはしない。おれたちのえさになる木を、たくさん植えてくれているからな」 (続く)