死を考察してゐると

必ず出会ふであらう学者先生が

キューブラー・ロス博士である


生の側から見た死について

多くの方を看取った研究らしい

私はこれにはあまり興味もなかったので殆ど読んでゐないが

その晩年は印象的だった


「否認」「怒り」「取引」

「抑うつ」「受容」と云ふ

死に対する五つの段階を挙げてゐたが

本人は既に「死」は受容してゐたらしい

寧ろ神を信じ輪廻を信じ著作からすると楽しみにすらしてゐたやうにも見える 

「人生は廻る輪のように」と云ふ楽しさうな著書もある


その後であらうか


半身不随による9年の車椅子

どの程度の障害だったのか詳細は知らない



『40年間他者に尽くしてきた彼女は、自由を奪われた自らの状況に激しい怒りを抱きました。

「神はのろのろした怠け者だ」と毒づき、インタビューでも「私は怒り、抑うつの段階にいる。自分の提唱した『受容』の段階をスキップして早く死にたい」と語るなど、人間らしい苦悩を隠しませんでした。』


大抵は以下のやうな話が出てくるが

美化されてゐるやうに思ふ


『彼女自身が自らの死期や状態に向き合う中で、長年唱えてきた「死の受容」のプロセス(否認、怒り、取引、抑うつ、受容) を自らもたどったとされています。』


思ふに彼女の場合

死は既に受容出来てゐたらうから

もし彼女が辿ったとしたなら

「半身不随の受容」プロセスだったらう


まぁ最期は落ち着いたものだったらしいが


いやはや死生こそは儘ならぬものだ




燕山荘

三月


燕山荘

九月…だったかな


全然違ふ