もう何ヶ月も書いていなかったもんで、

久しぶりに何か書こうと思います。




先日唇の脇に小さなかさぶたができまして、

まぁちと痒いなぁくらいに感じていたわけで。


それが気付くとすこしづつ大きくなって、

大口あけてものを食べるたびにそのかさぶたが

ピコッと開く。


「イテっ。」


毎朝かさぶたは程よく固まります。


しかしながら、歯磨き、食事、あくびなど、

彼にとっての障害は思った以上に多いわけです。



気付くともうなんだか、殴られた痕みたいになってきました。



今日もリップクリームを多めに。

早く治っておくれ~しょぼん

昨日のニュースで、久しぶりに感動して涙した出来事があった。


自分は正直、『湘南乃風』をあまり知らなかった。

画面の向こうでなにやら、グラサンボーズの兄ちゃんがタオルを振り回している。


横浜アリーナ1万2千人。


ふむ、なんかのライブ風景か。

と、軽い気持ちで見ていたが、途中から、


『ムコ多糖症』という聞き慣れない病状の解説と、病の人たちが写る。

日本国内での病人は300人。

遺伝子異常で、体の中の分解酵素を持たないため、

「ムコ多糖」が体中に溜まり、様々な障害を引き起こす病気。

多くは成人まで生きられず亡くなるという。



『ドラッグラグ』。


日本国内の薬は、基本的に、アトダシな認定方法がされている。


海外(アメリカ・ドイツ・フランスなど欧米)が先立って開発した薬を、

日本国内の病棟が『治験』を行って、

二重三重に、日本人に合うかどうかをチェックする。


この方法は、一長一短。

安全牌をひたすらいく方法。


でも、過去の歴史を振りかえると、国の矛盾なんていくつもでてくる。


世界が率先して失敗した薬をも、遅くに認め、

ズルズルと世に送り続けた挙句、多くの犠牲者を出している。


イレッサ薬害(アストラゼネカ)、薬害エイズ、ヤコブ、タミフル。

ハンセン(人権問題)


全てがアトダシ、早いのは金マワリと隠れ蓑。

俺は今でも厚生労働省は多くの人殺しを生温く揺らしてきた揺り籠だと思っている。



ダラダラ書いてしまったが、

湘南乃風の『若旦那』なるグラサンボーズが、

ムコ多糖症の人たちのことを知って、


「なにかしよう、この人たちのために」


と、チャリティーライブを行った。

ここまでは割りとある話。

すごいのは、その行動が実を結んだこと。

10月3日に、2型の新薬が承認されたのだ。


『みんな、生きてるって素晴らしいことだよな!』

『音楽が国を動かしたんだぜ!!』


『でもな、今日この日に、間に合わなかった人たちがいます。』

『これがゴールなんかじゃない、これは、ここからがスタートです。』


『一緒に応援してくれるやつ、共感してくれるやつは携帯片手に一緒に歌おう!!』


アリーナは携帯の光の粒で埋まる。



arina


観客の中にはムコ多糖症患者と、その親の方々。


歌は響き渡って、ムコ多糖症の『僕達』の声が、

今まで育ててくれた母さん父さんに届く。


ねぇ ママその腕が一番安らぐから
すやすや 胸で夢を見るんだ いつか 

ねぇ パパその背中に憧れているから
大きな 肩に僕を乗っけ 世界を見せて

そこに辿り着くために 流れの速い川を渡って 
息もできない海を越えて 一人暗闇で いつか会えるまで 頑張るよ

ママ パパ 一緒に笑おうね 歌おうね
汚れない世界から 僕は今 舞い降りる

ねぇ もし僕がどんな障害もって生まれてもね
愛してね 笑顔は誰にも負けないから

勇気を出して 出て行くよ ケンカばかりの二人のところへ
僕は仲良くするということ 学ぶために行くよ

ママ パパ 一緒に笑おうね 歌おうね
汚れない世界から 僕は今 舞い降りる

二人の涙のわけを 僕の夢の種に変えて 
咲かせてあげるから 待っててね

ママ パパ 一緒に笑おうね 歌おうね
汚れない世界から 僕は今 舞い降りる

僕が選んだ理由


きっと、いっぱいいっぱい辛いこともあったんだろうな。

お互いに、ありがとうも、ごめんねもいっぱい言い合ったんだろうな。


そう思ったら、自分もいっぱい泣いてしまいました。



明日にでも、湘南乃風聴いてみようかな、

いますぐにでも、オカンにメールしてみよう。




syounan




てるてるいのち

http://teruteru.org/


ムコネット

http://www.muconet.jp/topics/070125.html






『なら、バオバブも食べるんだね?』


星の王子さま(Le Petit Prince)が、「ヒツジが小さな木(草)を食べる」と

聞いて、はっと訊ねたセリフ。


王子さまの星はとても小さい。

そんな小さな星ではバオバブは星を破壊してしまうほどのとんだ迷惑な植物で、

そのおそろしくデカくなる、いわゆる悪草(木?)のバオバブの木を、ヒツジに食べてもらおうと期待していたのだ。


画像:Baobob tree.jpg



元々はアフリカのサバンナ地帯に多い、現存する木だと、最近知った。





そんなバオバブの栽培キットを、

つい2週間ほど前に下北沢で見つけた。



なんでも土に植える前に、熱湯に浸し、そのまま2日間放置した後、

土に植え日当たりのいい場所に置く。とあった。



僕は指示通りにして、ベランダに置いておいた。

仕事が終わるとついついベッドに直行だったので、

全く見ていなかったあせる


つい3日前くらいに、ふと思い出してみたらビックリ。

なんと発芽していた。


デカイ。



双子葉ははじめになんとも特徴の薄い双葉を出して、

その間から本来の特徴を持つ葉が出てくるもんだが、


既にその双葉の間からひょっこり葉が顔を出している。



baobab


仕事の焦燥感から、フッと癒されたような気持ちと、

素直に生命力への驚きを感じた。


今日になって改めて眺めていて、

不思議な期待感と満足感。


阿呆にたいにデカくなったらどうしようという気持ちと、

もっともっとデカくなってしまえという気持ちが共存。




upbao

思わず激写。カメラ

草バカであるクローバー


きちんと育てば、自分の血の三世代以上は生きるはず。


もっと、デカくなれにひひ





先週末、くるりを見に行った。叫び

生、ワンダーフォーゲル。ばらの花。ロックンロール。BABY I LOVEYOU。 言葉はさんかくこころは四角。


ETC。


『ふれあいコンサート』

の題目の通り、触れ合えそうな親近感と、しっかと聴かなきゃいかんコンサート的雰囲気が織り交ざった雰囲気だった。


場所が川口のリリアだし。ローカルな様な、堅いような。

なるほど面白い。


構成は岸田さんと佐藤さんのほかに、コーラスのサスペンダーズとカナダ人のキーボ。ドラムはなんと自分とタメだった。しっかり聴けた定番曲と、彼らの『俺らの音楽はなぁっ!!!』的な空気も感じれて、なんとも満足。


自分は正直、くるりをかなり聴いているというわけではなかったもんで、

多少の不安も抱えていたわけで。

でも楽しかった。


三階席だったから少し遠くて難儀したけれど、

チケットを譲ってくださった先輩に感謝感激であった。


いやぁ満腹満腹。

そう感じていた週末だったが、

なんとも悲しい事実も飛び込んできた。


あの、

Luciano Pavarottiが亡くなられた。


山手線の電光掲示板で初めて見て、

一人口をあっ!と開けて固まった。


あの唯一無二の歌い人、歌うために生まれたような方が亡くなられた。


自分も本当にショックだったが、きっとそれ以上にイタリア人たちは、

かのジョンレノンが亡くなった時並に嘆き悲しんでいるであろう。


また惜しい方が亡くなられた。

生きていれば一度はこの耳に聴きたかった人、見たかった人。


美術品や映画は、お金と時間があればまぁ、

見れる、チャンスはある。


でも人間を見るには、もっと自分から見に行かなきゃいけないんだなぁ


そう思いました。しょぼん


ちょっと気になる。

だいぶ気になる。


あいつとの唯一の連絡手段だった、

ホットメールの登録が消えていた。かお




『Hey, Ishwor!!?? Are you still there??!! Please!! wake up!!!』



最後の日、約束の日だってのに

出発時間になってもやつは出てこない。時計



ドアの向こうから、

あの独特の体臭が臭ってくる。


もう何日も風呂に入っていない、(そもそも風呂なんてない)

ハシシと体臭の混ざったあの鼻を突く臭いは、

今思い出しても顔をしかめたくなる。



やっとこさ出てきたあいつは相変わらず

黒いキャップに薄汚れたジャケットにジーンズ姿で

目を真っ赤にしていた。


『Hello my friend, I'm sorry I've overslept. Are you ready now?』


『Ofcause I'm ready! how about you?!』


ちょっと急かして、

約束どおりバイクでインド・ニューデリー行きのバス停へ。

最初は歩いていくつもりだったが、

バイクでいってみると思っていたよりも遠かった。


所定の時間には間に合い、余裕綽々でまっていたが、

なんとそこからバスが来るのに2~3時間待つ羽目になったのだが・・・。



ともかく、やつとの最後の時間だった。

お金も満足に持っていないのに、やつはバス停の近くの売店で

食事をおごってくれた。



ここを出れば、、、ここさえでれば、、

これまでここネパールを一刻も早く出たいと思っていた。

事情は自分にある。

あるトラブルから圧倒的な資金不足に見舞われ、

ネパールを飛行機で出れなくなったのだ。

至急インドに戻る為(ニューデリー→上海→成田行きの飛行機に乗るために)に、

バスのチケットが必要になった。


無事チケットは手に入ったものの、

このチケットが本物なのかどうか、心底心配だった。

毎日毎晩悪夢を見た。

毎晩起こる停電。


真っ暗な中で、もう読み終わった本の内容を反芻する。

ふと眠りに落ちては、夢の中で

ひょろっと背の高いインド人やネパール人が

『Hello--- トモダチィ~ドクロ

『チョットミルダケェ~ドクロ


と歩み寄ってくる。


はっと起きて、安心するのか、

否、まだネパールだったと、ドッっとため息をついていた。



窓の外にはいつも朝になるといるどこぞの

ガキンチョたちがダンボールを燃やして暖をとっている。雨


時々通り過ぎる結婚パレード。

幸せの空気なんか共有できるかと、

ブサくれていた時間が長い。

時間が、長い。

一日が、長い。


「こんなはずじゃなかった」




なんて、もう飽きるくらい考えたから考えてない。

早くこの不安から脱出したかった。


鬼気迫るこの不安を、

やつは毎晩やわらげてくれた。


「和らげた」より、

ただ毎晩ホワイトウィスキーをお湯割で、

プラスつまみを看板も出さない店で格安で飲み食いするだけ。お酒


でも、十分だった。

ただ一緒に飯食ってくれて、話してくれるだけだけど、

本当にこいつがいてよかったと、

この、クセーけど、ハシシ浸りで金も持ってないけど、

でもある意味本当に人間クセーこいつが、結構好きだった。


『カトゥマンドゥ、What to do-』

『Don't worry my friend, Today,is gonna end, Tomorrow is the new day』

『Tomorrow , your new life!!』



ヘベレケになりながら、毎晩毎晩同じ様なことを語り合った。


飲んでいて12時を越えると、

『Look, now is the new day! new Life!!』

と笑いながら酒を飲んだ。にひひ


食費的にも、精神的にも。本当に助けられた。

買い物するにも、店のやつに安くしろと言ってくれた。

感謝しても仕切れないほどだった。





最後の時、別れる前に、俺はギリギリまで持っていた、

ネパールルピーをポケットの中に忍ばせていた。


もしかしたらバスが途中でトラブって、この金がないと困るかもしれない。

でも、Ishworにお礼もしたい。

迷いに迷って、

最後の握手の時に手持ちほとんどのルピーをその手に握らせた。


『Thanks everything Ishwor, you are my brother,

Thank you.more than words.』


どっかの英語の歌詞で聴いたような台詞が、思わずでた。




無事日本に帰って、

しばらくバタバタしてしまった。

研修や引越し、言い訳だけど。


よし、そろそろあいつに日本の写真ハガキと、

おひねりでも送ってやろうと、

ホットメールで先にメっセージを送信。



でも、エラーがかかった。




ものすごく後悔した。

もっと早く、もう一度連絡をとっていればよかった。

最後にメールをしたのは、五月ごろだったか。。



果たして生きているのか、ちゃんと暮らしているのか、

俺のことは覚えていてくれてるのか。


しばらくは、やつを探すことになりそうだ。


ちょっと気になる、あっちの兄弟。



ishwor

くそ。


見ちまった。。。。。

また奴だ。




最近奴の出現率が高い。

特にこの季節だからってのもあんだろう。



・・・・・・・・。




今は、若干、喉に痛みを感じる。

心なしか気分が悪い。

そう、勢い余って、ばら撒き、若干ながら吸い込んでしまった。


それはそうだ。

これにはおそらく、人類が築き上げた最大の科学力が詰まっている。爆弾

眼も痛い。


くっ。。。人類の力は偉大だが、

こうまで人体は弱いものか。


もう駄目だ、

身体を洗いたいが、なにせあの場所で、やっちまった。


奴は確かに、身動きも取れないまま、逝ったよ。

でも本当、よりにもよって風呂場で。



次回使う時はTPOをきちんと考えよう。

ゴキジェットプロ。


あー苦しい叫び




逝こう。

じきここも腐海に飲まれる。。ショック!



yupa

「गंगा」は、ガンガーのこと。


卒業旅行だったインド旅行で撮った写真を整理していて、


縦撮りの写真をきちんと上下を合わせようとして、


うっかり、ガンガーがさかさになった。。






インド大陸を流れる大河、ガンジス。

写真はバラナスで撮った写真だった。


雨季になると、あっという間に川辺を飲み込む。

この時期は乾季なのでまだカサは少ない方。



聖なる川であるこの川で、人びとは

偉大なる創造と破壊の神、シヴァに祈りを捧げる。

最後の時を迎えようと、死に場所として拝みに来る者もいる。


川辺にはゴート(門)がいくつもあり、火葬場では毎日、綺麗に包まれた死体が

パチパチと薪で焼かれていた。

周りの観光者も神妙な面持ちでそれを眺める。

親族が死体に色々な施しをするのだが、誰一人としてメソメソ泣く人はいなかった。

ここではたくさんの神様と、沢山の死体と、人、犬、牛、糞、リキシャー、聖歌が、

埃にまみれて蠢いている。




僕はこのバラナスで、生まれて初めてガンガーと対峙した。


毎朝夜明けと共に聴こえてくる聖歌(意味は不明だが)が、僕は好きだった。

不思議な音階とシンプルな濁声が、

インドとガンジスに朝をもたらしているようだった。


水面は日の光によって澱んだグレーにも、七色にも、

あるいは目の覚めるような深いブルーにも見えた。

この上なく禍禍しく、でも美しい。

圧倒的・超越的な存在感で、

僕の経験や旅で溜まった稚拙な欲や懐疑を飲み込んでくれる気がして、

僕は何度かガンガーを見に川辺をウロウロした。


今でも思い出すと、とても不思議な気分になる。

まるでそっと、静かな水面に一滴の水滴を垂らしたような、静かな気持ち。


その内面の波紋と心の波紋が同調していくような、還っていく様な心境。





そう、そのガンガーが、こうしてさかさになったんだ。



gannga



「・・・。」

思わず息を飲んでしまった。


偶然にもさかさにしたことで天が川面へ、川面が天へ。

不思議なんだけど、

こっちが正しいのかもなんて思った。

一緒なんじゃないかな。


とっても、納得したんで、久しぶりにブログに書いてみたんだ。





もう随分とご無沙汰してしまいましたわー。


最後の記事がインドだしw


某工具屋さんで働き出して、はや1,5ヶ月。


今は研修で、物流センターで働いてます。



身体にいわゆる「肉体疲労」を感じる今日この頃。


色々持ち上げたり置いたりするのが多いせいか、背筋を結構使う。


迂闊に重いもの持ち上げると腰をやられちゃいそうなんで持ち上げ方には結構気を使います。



昨日は同期のやつらと相模原の方でラーメンを食べに行きました。

相模原があそこまでラーメン激戦区とは・・本当に軒並み揃って、ラーメンだらけ。



その後はJJクラブというとこで遊ぶ。

あそこはすごかったなー。


入場するだけで何でもできる。

サッカーしたしトスバッティングもしたしゲームも無料、カラオケもあったかな?

今はこんなにアミューズメントが充実してるのかと驚く。


はしゃぎすぎて筋肉痛がひどいです笑



明日は日曜日かぁ


午前は

そう、歯医者。


いてぇんだろなぁ。。。


いい歳こいて前回はちょっと泣きそうになったし。

歯はちゃんと磨かなきゃ本当に駄目ね。


また麻酔と痛みに耐えるのかと思うと歯磨きにも力が入ります。


皆は最近どうしてるんかなぁー

インドに来て、丁度一週間。
デリー、ジャイプール、アグラ、今はバラナシにいます。
初日からインド人に引きずりまわされ、毎日「ハロージャパニ!」を振りほどくように歩いてます。

バラナシはガンガーに面した町で、多くのインド人がシヴァ神・ニルバーナの元へゆかんと沐浴、あるいは死ににやってきます。
狂犬病が怖かったけれど、犬はもう死んだように寝てるのばかり。そこらへんで「どろん」と転がってます。
そう、牛はほんとに阿呆みたいにたくさんいて、そこらじゅうに横になってはもぐもぐ。時に地面がひっくり返るんじゃないかと思うくらいにデカイ屁をこきます。

なかなか気を許せない国だけど、冒険には事欠かない、割と僕は気に入ってます。
結構だまされたし、うるさいことが多いけどね。
でも中にはいい人もいるし、笑顔を見せればしっかり笑顔で返ってきます。
でも大通りは埃だらけで、バイクとオートリキシャーとリキシャーのクラクションが止め処なく鳴っています。最近は咳がちょっと気になり始める。

このバラナシの後は、ネパールはカトマンドゥに行く予定。
帰国までまだあと約二週間。。
長い。。

まただいぶ放置してしまった。

気づくともう年の瀬。しっぽフリフリ


ノロから回復してから色んなことがありました。


①えどむらクリスマスライブカラオケ


冬ライブ

お馴染みカフェソナンタでの冬ライブ。

お店の主人から、「あら、まめ蔵の・・・」と覚えていただいていたことに驚いた。

去年よりも、ライブとして完成度は高かったように感じる。

お客に魅せる・聴かせるということの意識が向上しているのがわかった。

MCや照明、PAも今年は自ら取り組み、自分達で創り上げるという意識が高かった。


このライブで正式には最後だった、「邪魅楽」。

9月頃から正式に動き出して、あそこまで結束が固くなったのには本当に驚き。

リハーサル時にノロのせいで不参加だった俺。

迷惑かけました。

ライブ時は出来こそチョメチョメなところはあったけれど、

それをその場で何とかするぞっ、これまでやってきたこと全部出すぞっていう皆の気持ちは12分にも伝わってきました。終わった後のあの達成感。。


活動を長い間見て来たアスタラヴィスタ(多作いけなくてごめんね・・・)。

活動停滞前の彼らのトリを見ながら、感慨深いものがこみ上げてきた。

引退を祝ってもらって一年。

なんか残っちゃって一年。

早いもので。


②卒論提出。メモ


三俣

なんか残ってしまった主要因の卒論。

あれからコチョコチョいじっておよそ97ページ。

提出のために徹夜までして、確実に出した。

出した後のあの胸の軽くなった感じはまだ忘れられない。

ずっとどこかでつかえていたものだった。


再び手を加えていて沢山のことを思い出した。

親切だった三俣山荘の人たち。

山にいてあんなに充実した時間もそう経験できない。

自分と、山と、山小屋と、登山について、沢山の時間を使って考えた。

うじ虫と15分間見詰め合ったこともあった。

でもまだまだ考えは浅いのだろう。



提出して翌日。

関先生に会いに行くと、褒めていただいた。

決して完璧でもないし、粗末なところも沢山あるのは自分でもわかってるけど、

とても嬉しかった。

「これから働くんでしょうが、、まぁもし勉強?院に行くなんてことがよぎったら、また頑張ってみなさい。溝端くんならできるでしょう。」と。言葉を有難く頂戴した。


③邪魅楽忘年会お酒


jya

またまた邪魅楽のこと。

思えばこの一年後期になっての思い出はこのバンドに拠るものが多数を占めている。


でも、忘れちゃいけないのはEma★のバンドのこと。

かつてえどむらが潰れそうだったときに、起死回生のごとく、信念を持ってサークル復活を遂げたゆうた。

俺が留年してくすぶっている所、彼から「やりましょう」と言われたときは嬉しかった。

今思えば、あれがなかったら今年ここまでアカペラをやることもなかったと思う。

秋ライブ後、残念なことにEma★は解散になってしまったけど、皆はどう感じているかわからないけど、でもあのバンド、ゆうた、たかし、あゆゆ、まりちゃん、ゆうびには今でも感謝している。


さて戻って邪魅楽。

皮肉にも、そのEma★がなくなってぽっかりと空いた穴を、見事に埋めてくれたバンド。俺もきっと、その分打ち込んでしまったんだと思う。

ライブが終わって、久しぶりに集まっての忘年会。

皆で料理して、酒飲んで、ゲームして、ゲームして、、飲んで飲んで飲んで・・・落書き、一発芸、諸々・・。

上の写真は一番マシな、一番最初の写真。笑

他のはひどすぎて公開できません。にひひ

すげーアホだった。

みんな。

あんなアホなことを、本気でやったのが久しぶりだった。

気の合う野郎が6人も集まると、法外的なことが怖くなくなるアップ


と、近日ベスト3はこんな感じです。

本当、一年あっという間だった。

卒論提出しそびれて放心したあの日。

気を取り直し、就職活動に明け暮れた日々。

就職が決まってからの山と、歌と、寿司と、運転免許と、、


来年はテスト・レポート終了後父とパリに発ち、その後はインドに旅立ちます。

帰ったらすぐ卒業式。もうそう考えると学生生活終了も間近です。

5年間・・・長かったようで、短かったなぁ。。

鏡見て、年とったなぁ。。。

沢山の人に会って、沢山お別れしました。

まだ続いて会ったりするのも、ほんの一握りなのかな。

そう思うと寂しい限り。


そうだ、自分からもっと、皆に会いにいこう。

もっと楽しく、一生懸命人付き合いしなくちゃ。えっ


父は今家に泊まって、先に就寝。懐かしいイビキを聞きながらの一筆でした。

もう2つ寝ると、お正月です。お節料理