大徳院の次は甚目寺を抜けて隣に…えー

漆部神社照れ


漆部神社  【ぬりべじんじゃ】
当社の名が世に知られるに至ったのは、文献上では延喜式神名帳を以て、初見とする。

延喜式神名帳というのは、平安朝の中期、醍醐天皇の延長五年(九二七年)に撰進されたものであるから、今日から一千九十年程前のものである。

それに神社名の載っているということは、これが一千年以上の古社であることを示すもので、当社も従って一千九十余年以前には、既に存在していたと言える。

延喜式の制度に従えば、当社は当時、国幣の小社とされ、尾張国司から幣帛を奉られる名社とされていた。

鎌倉時代には尾張国神名帳に「従三位漆部天神」と称され、神格の高い神として尊崇され、引き続いて、同国司の幣帛を受けた。

然るに南北朝時代以降、戦国時代にかけて、当地方は戦乱の巷となり、このとき当社も戦火にかかり、社名さへも忘れられるに至った。

そのため、室町時代以降は、八大明神社と称され、その維持の計られたことは、現在も当社に残る明応七年(一四九八年)八月二十三日の墨書銘によって、明らかである。その後のことは、元和六年(一六二〇年)五月二十五日の棟札が残っているので、このとき社殿の造替が行われたことがわかり、その後引きつゞく修造を経て、今日に至っている。

江戸時代には尾張藩は、当社に二十石の祭祀料を寄進して崇敬し、明治維新後は、同四十年十月二十六日、指定郷社の社格が与えられた。

氏子は祖先以来の氏神として、厚く奉斎、その維持に当っている。

昭和三十二年十月二十一日に至り、その社名を旧来の漆部神社に復した。


鳥居
真っ直ぐ伸びた参道に緑のトンネル照れ


手水舎
最新型…やねえー


反橋(太鼓橋) 
宝珠柱に「きよめはし」とあるので、古の人々はみなこの橋を渡って心身を清めてから拝殿に向かったんやねえー
今は…
通行止めショボーン


石で出来た蕃塀ニヤリ
社殿に邪鬼の侵入を防ぐ衝立状の塀なんよえー
連子上部には「波頭を翔る龍」、羽目部左右に「阿吽の獅子」、中央に「竹林の虎」びっくり 


拝殿
本瓦葺き切妻造り唐破風向拝付きで、両側の一段低い位置に切妻屋根が付いて複層の造りとなっている社殿ニヤリ
昭和32年のもので新しい感じがしますね照れ

昭和32年までは八大神社とされていたのですが、式内漆部神社に比定され、漆部神社の社号に改められたんだとかえー

御祭神
三見宿称命 

配祀
木花開耶姫命 
合祀
八大明神

御祭神の三見宿称命は漆部の祖神えー

漆部というのは、今の言葉で言えば漆を栽培、採取し、それによって漆器具を製作する工業団体をいったものとかキョロキョロ

日本で漆器、塗物のことの世に知られるに至った初めは、上代のことで、日本書紀用明天皇二年(五八七年)の條に、大和国で漆器工業に従事するものに「漆部造兄」というものの名が見えるのを初見プンプン

今日から一千四百三十年余程前のこととかびっくり
次いで同紀天武天皇の條にも、大和国に「漆部友背」というものの名がキョロキョロ

当時は大陸の文明が、朝鮮を経て、日本に輸入されていたときなのであるから、新しい漆塗の技術の輸入に伴って、その技術者団体が、我が国でも発生していた様が知られたんやってニヤリ

奈良時代に至ると、播磨国風土記や出雲国風土記を見ると、これらの国に漆の樹の生じていることが、珍らしい事実として記載されているんだとかえー

平安時代には越後国磐船郡に漆の生ずる山があり、そこに漆山神社が存在プンプン
これも延喜式内社となっているから、古社の一つだと言えますねえー

漆塗に関する古い神社としては、日本には当社と漆山神社との存することが知られますニヤリ

但しここで注意すべきは、二社にはその御神徳の性質に相違のあることえー

即ち漆山神社という方は、漆の樹の守護神プンプン

これに対し、当社の漆部神社という方は、漆器、塗料の技術並びに同工芸の作製、頒布に関係する団体の守護神になるみたいキョロキョロ

ここに当社が漆器工芸の諸団体組合の祖神であり、守護神とされる基本的な神格を見出し得るえー

この漆器工芸団体が古語でいう「漆部」で、その祖神が三見宿称命という神に当るんよえー

この神は平安時代に編纂された先代旧事本紀という書物の巻五、天孫本紀の條によると、「漆部連の祖」とので、この神が漆器工芸団体の祖神であったこと、明らかやねニヤリ

この神は尾張国を開拓した天火明命(一名に饒速日尊という)の五世の孫で、天火明命の子孫が大和国から尾張国に移住すると共に、同国海部郡に移って、漆器工芸の技術の普及に従い、現在の地にその祖神を祭ったのが、漆部神社なんよえー

当社に隣接する甚目寺を創設した「甚目連公」というのも、その一族とかびっくり

漆部神社はその氏神、甚目寺はその氏寺とされ、共にその氏人、氏子によって崇敬されたんやってえー

甚目寺御本尊の御前立である十一面観世音菩薩像が尾張国唯一の乾漆像であることは、この寺が漆部の神と深い関係にあることを示す有力な証拠とされてますプンプン

木花咲耶姫命 
各地の山を統括する神である父のオオヤマツミから、火山である日本一の秀峰「富士山」を譲られ、富士山に鎮座して東日本一帯を守護プンプン
また、火中出産の説話から火の神とされてますえー
なお、富士山本宮浅間大社の社伝では、コノハナノサクヤビメは水の神とされてますニヤリ
噴火を鎮めるために富士山に祀られ、妻の守護神、安産の神、子育ての神えー
 
八大明神
(稲荷神社、賀茂神社、春日神社、住吉神社、祇園神社、貴船神社、平野神社、松尾神社の祭神の総称)


狛犬 
ライオン…みたいキョロキョロ


胴部に神紋を配した神馬キョロキョロ
楽しそうに歩いてますねニヤリ


日吉社に立つ丹塗りの明神鳥居風の木造の鳥居....柱頭頂に台輪があるので稲荷鳥居(台輪鳥居)かな?キョロキョロ



こちらの狛犬さんのお子様はめちゃ踏ん張ってますね爆笑 


日吉社 
御祭神 
大山咋命 
 オオトシガミの御子神にあたり、山に杭を打つというイメージから土地の所有を示す地主神とされたんですプンプン

比叡山・延暦寺の守護にはじまり、京の都や江戸の鬼門を守護する役割を担ったことから要地の守護に用いられることが多いんやってえー

それが転じて、家内安全や地域鎮護の神として篤い崇敬を集めてきました照れ


鳳凰殿兼社務所びっくり
立派…ニヤリ 
拝殿並やねニヤリ 


愛知県あま市甚目寺東門前11


場所は、愛知県あま市、名鉄津島線甚目寺駅から東に徒歩4分ほどのところにあるえー
 しあわせ かき氷店さん爆笑

もともとは、山梨県の「道の駅はくしゅう」でやっていたかき氷店に、たまたま寄った店主が天然氷とフルーツを贅沢に使ったかき氷に惚れ込んで、地元のあま市にお店を出したということなんよニヤリ

もとのお店は、南アルプス・八ヶ岳蔵元八義(やつよし)という天然氷の会社が経営してたんたとかキョロキョロ


オープンエアな店内、室内もありますニヤリ

とにかくここは、天然氷だから、氷がふわふわでめちゃくちゃ美味しいとかラブ

旬のフルーツを使ったソースも沢山種類があるので迷ってしまう…ショボーン

練乳も特製で…ヨーグルト、マスカルポーネ、練乳無しなど自分好みで注文出来ます照れ


春山メロン 1400円にしたぁ爆笑
ごろごろした甘いメロン練乳たっぷりラブ
ふわふわ氷は、雪みたいにすぐ溶けてしまうので頭がキーンっとなりません照れ

あっと言う間に間食てへぺろ
おいちかった・・・照れ

甚目寺駅から333m
愛知県あま市甚目寺桜田14