蓮華寺から次は龍安寺へ
歩いて1キロ弱かな
龍安寺…こちらも世界文化遺産
龍安寺…こちらも世界文化遺産
龍安寺 【りょうあんじ】
龍安寺が創建されたのは室町時代の1450年。
徳大寺家の別荘を譲り受けた室町幕府の守護大名「細川勝元(ほそかわかつもと)」が、妙心寺の「義天玄承(ぎてんげんしょう)」を招いたことで龍安寺は創建されました。龍安寺の山号は「大雲山(だいうんざん)」。
御本尊には釈迦如来が祀られています。
後に宰相となった「張商英(ちょうしょうえい)」の参禅を指導した「従悦禅師(じゅうえつぜんじ)」が、中国北宋の龍安山兜率寺(とそつじ)の禅師だったことが龍安寺という名前の由来。
後に宰相となった「張商英(ちょうしょうえい)」の参禅を指導した「従悦禅師(じゅうえつぜんじ)」が、中国北宋の龍安山兜率寺(とそつじ)の禅師だったことが龍安寺という名前の由来。
参禅とは、禅堂を学ぶことや坐禅を組むことを指します。
山門
1467年に応仁の乱が勃発
京都全域は火に包まれ、多くの寺社が被害を受けました
龍安寺も応仁の乱によって焼失
この頃一時的に洛中へ移転しましたが、まもなく元の場所で再建
応仁の乱が終わってから約10年が経過した1488年には、勝元の実子である「細川政元(ほそかわまさもと)」が龍安寺の再興に着手
応仁の乱が終わってから約10年が経過した1488年には、勝元の実子である「細川政元(ほそかわまさもと)」が龍安寺の再興に着手
1499年に方丈の骨組みが完成しました
その後、龍安寺は数回の火災を経験
その後、龍安寺は数回の火災を経験
しかしそういった困難を乗り越え、1954年に方丈庭園(石庭)が国の特別名勝に指定されるなど、少しずつ龍安寺の人気は高まっていきます
1975年には英国女王のエリザベス2世が龍安寺の石庭を拝観
当時の禅ブームも後押しして、龍安寺は世界的に有名になりました
そして1994年には、石庭および龍安寺の境内全域が「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されたんやぁ
そして1994年には、石庭および龍安寺の境内全域が「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されたんやぁ
中門
創建は江戸時代中期で、1755年に洪水で流失したため、現在の建物はその後に再建されました
手水舎
参道の角のポツンとあり…
水も出て無いためか…
皆さん…
知らんぷりで通り過ぎてました
みぞかつはしっかりと足を止めたよぉ
庫裡に行くまでにポツンと…
顔デカっ
庫裡
禅宗寺院建築の特徴を捉えた木組みと白壁からなる構成は簡素且つ重厚であり、寺院全体と調和しています
庫裡に入ると…屏風がお出かけ
石庭
正式には「方丈庭園」という名前がついている「石庭」
龍安寺を訪れたら絶対に見逃せないスポットやね
龍安寺の石庭の縦横比は、最も美しい比とされている黄金比
石庭を囲う油土塀は方丈側が高くなるように傾斜をつけて奥行き感を生み出すなど、絵画における額縁のように龍安寺の石庭を際立たせます
全部で15個の石が配置されているものの、どの角度から見ても必ず14個しか石が見えないという不思議な造りなんよ
全部で15個の石が配置されているものの、どの角度から見ても必ず14個しか石が見えないという不思議な造りなんよ
東洋の世界で完璧を表す15という数字から1つ少なくすることで、不完全な庭を表現しているそうです
龍安寺の石庭は、枯山水の庭園としても有名
龍安寺の石庭は、枯山水の庭園としても有名
石を島に見立て、白砂に線を描くことで水の流れを表現しています
国の史跡及び特別名勝に指定されている龍安寺の石庭は、由緒正しき庭園
禅の美を極めた空間とされ、訪れた人々の心を奪います
方丈
重要文化財に指定されている「方丈」
元々は塔頭である西源院(せいげんいん)の方丈でしたが、1797年に龍安寺の方丈が焼失したことで移築されました
南画家(なんがか)の皐月鶴翁(さつきかくおう)が5年を費やして描いた龍と北朝鮮の金剛山の襖絵は、言い表せない風格が滲み出ています
塔頭とは、位の高い僧が亡くなった際に弟子が建てたお墓のこと
塔頭とは、位の高い僧が亡くなった際に弟子が建てたお墓のこと
南画とは、江戸中期から明治時代に誕生した日本独自の絵画様式を指します
石庭だけではなく建物やその周りも雰囲気は最高です
知足の蹲踞
方丈の裏側にある手水鉢の「知足の蹲踞(ちそくのつくばい)」
かつて茶室に入る前に、手と口を清めるために使われていました
中央に空いている四角い穴を「口」の字に見立てることで、上から時計回りに「吾唯足知(われただたることをしる)」と読めるという工夫が
中央に空いている四角い穴を「口」の字に見立てることで、上から時計回りに「吾唯足知(われただたることをしる)」と読めるという工夫が
不完全なことに不満を持たず、今あるものに満足して感謝の心を持つべきという教えを説いているそうです
龍安寺の蹲踞は、仏教の真髄であり茶道の精神にも通じる「知足」の心を図案化したもの。
龍安寺の蹲踞は、仏教の真髄であり茶道の精神にも通じる「知足」の心を図案化したもの。
「水戸黄門」として有名な「徳川光圀(とくがわみつくに)」が寄進したとされています
わびすけ椿
方丈東庭では、桃山時代に侘助(わびすけ)という人が朝鮮から持ち帰ったことから名付けられた侘助椿が、3月上旬~4月上旬にかけて美しい花を咲かせます
わびさびの世界を感じられる侘助椿は、千利休など名だたる茶人に愛されたことでも有名
こちらの侘助椿は日本最古と伝わり、桃紅色地に白まだらが入った一重咲きの花を、豊臣秀吉が愛でたそうです
可愛い鐘…
勅使門
龍安寺の唐門が焼失したため、方丈と同様に西源院から移築された「勅使門(ちょくしもん)」
普段は開かれることはありませんが、エリザベス女王が龍安寺を訪れた際は勅使門を通ったそうです
1967年、方丈とともに国の重要文化財に登録
1967年、方丈とともに国の重要文化財に登録
1985年には、こけら葺き屋根の全面改修が実施されました
石段の上に見えていた、格式が高そうな門の光景
ぴったりと閉じられていました
扉には、『丸に二つ引』の紋所が
室町幕府を開いた足利氏使用の『丸に二つ引(足利二つ引)』は将軍家の権威の象徴ともなりました
パゴダ (pagoda) は、仏塔(ストゥーパ)を意味する英語
日本では、もっぱら、ミャンマー様式の仏塔のことを意味します。
パゴダは、日本の仏塔と同様、仏舎利(釈迦仏の遺骨等)または法舎利(仏舎利の代用としての経文)を安置するための施設
ミャンマーでは、パゴダは『釈迦の住む家』と考えられ、パゴダを建てることは、『人生最大の功徳』とされます
そうすることにより、幸福な輪廻転生が得られると信じられてるんだとか
納骨堂
納骨堂とは思えない建物やねぇ
龍安寺の境内はめちゃ広くて…
こちらは…桜苑
桜…見事
境内にはいろんな桜が咲いてます
こちらは…枝垂れ桜
ユキヤナギも
可愛い花ですよね
鏡容池
桜や紅葉など、四季折々の美しい自然を堪能できる「鏡容池(きょうようち)」
桜や紅葉など、四季折々の美しい自然を堪能できる「鏡容池(きょうようち)」
龍安寺境内の南側に広がる回遊式庭園の中心で、鴨や鷺(さぎ)が羽根を休める姿を目にできました
かつて龍安寺の鏡容池はオシドリの名所として知られていたんだとか
『開運・大弁財尊天』の文字の扁額があった赤い鳥居の光景
『鏡容池』に向かって、南に張り出した『弁天島』に祀られていました
豊臣秀吉が鏡容池には霊力があると礼拝した弁財天が祀られています
龍安寺にある菜の花さんで休憩を
みたらし団子 1本 120円
3本 350円
1本から買えるっていいよね
みたらし団子は暖かくて柔らかくて美味しくて…
大きさも程良くて食べやすい!
甘さ控え目、団子小さめがいいなぁ
お団子だけなので、外の椅子で頂いてますが建物に入ればご飯も食べられますよ
龍安寺駅から567m
京都府京都市右京区龍安寺御陵ノ下町13 龍安寺