今回は京都駅からスタートだぁ~
京都駅から特急はるかに乗って目指す駅は…ただ1つ!
そう!
関西空港駅
今回は4年ぶりの中国出張
上海浦東国際空港へ2時間のフライト
この時はまだまだビザなどの手続きが大変で…
取得まで1ヶ月近くかかるんです
いい天気でワクワクしますなぁ
行きしなの機内食
アメリケーヌソースとホワイトソースの海老ドリアかメインで鴨肉やサラダにチョコレートケーキ!
そして…
プレミアム・モルツで
上海浦東国際空港から御迎えの車に乗ること2時間…
高速道路を時速130キロくらいでパッシングとクラクションのあらしで神経的につかれましたぁ
中国って…
バイクは9割以上電動バイクだし…
車は半分くらい電気自動車だし…
上海浦東国際空港から上海市内まではリニアモーターカーも走っていて
日本よりもめちゃ進んでるのに…
車の運転だけは…
日本の昭和感…
やっと着いたぁ~蘇州
蘇州って…
東京の銀座みたいな街なんですよぉ
高層マンションが立ち並び…
ビルはイルミネーションがされていて…
ホント綺麗なんです
この日から4拍する日航ホテルもイルミネーションされていて…綺麗でした
部屋は一人で泊まるにはめちゃ広いです
ベッドもめちゃ大きくて…
ちなみに…
テレビは…NHKだけ…日本の番組が映ります
バスタブも広くてボタン一つで曇りガラスに変身!
楽しいぞぉ~
初日の朝食
レストランはビッフェ方式になってまして…
多数のパン、中華料理、和食と…
飽きないです
味付けもめちゃ美味しくて
小鉢のはおでん
いいお出汁でしたよ
海鮮中華粥…美味でした
2日は和食!
御飯に鮭フレークと梅干しを乗せ…
納豆
味噌汁もあるんです
おかずも和食風に
晩御飯は日本料理店が並ぶ商業街へ
1日目は居酒屋さん!
メニューは全て日本語で焼き鳥やだし巻き玉子、お刺身など、店員さんは日本語対応!
全く日本にいるのと変わらないんです。
この
アリエッタはイタリアンで2日目に行きましたぁ
3日目はしゃぶしゃぶ屋さんで
ここに来ると…日本にいるんじゃないかと錯覚を起こします
だから…
気を抜いてしまって…
後々…後悔する事もあったりと…
アリエッタでは
テラスで食事を
綺麗な町並みを見ながらなの食事…
癒されます
アヒージョなどなど…
イタリアン~って…感じでしょ
美味しいコーヒースタンドでカフェラテと自慢のプリンを
店名は杉さん日本みたいでしょ
3日間…仕事を行い…
最終、帰る時に飛行機の時間まで蘇州をプチ観光
寒山寺へ
蘇州は水の街と言われてるんです
でも…
水の色はミドリガメみたいな色…
この建物は公園内にある休憩所です
楓橋
楓橋古鎮は、寒山寺の隣にある古い村
昔、隋の時代に造られた京杭運河に沿って作られた村で、楓橋の先で京杭運河は環城運河(蘇州の旧市街を囲む運河)と別れるようになっています
楓橋は長さ40m、幅5.27m、円形の横幅が10mという橋
見事な橋ではありますが、この程度の石橋は中国内によく見られるんだとか
この楓橋が有名になったのは、張継の七言絶句、「楓橋夜泊」に詠われたからにほかなりません
実は、張継が詠った楓橋は「楓橋古鎮」
当時の楓橋は「封橋」という名前で「楓橋」ではなかったとか
中国語では同じ発音になる「楓橋」の名に変わったのは、張継の「楓橋夜泊」が有名になって以降の話なんやって
ということは、張継が詠んだ「楓橋」は「楓橋古鎮」のことであって、張継が特にこの橋を見て感じたということは何もないんかな
張継の七言絶句にある感情は、楓橋古鎮の静けさや冷え冷えとした空気に、都落ちする役人の切なさが重なったものなの
ですから、「楓橋夜泊」の心を感じるためには、夜の楓橋古鎮にたたずみ、寒山寺の鐘の音が鳴るのをじっと待つということになるわけなんよ
ところが、蘇州の開発とともに、寒山寺の一帯にもマンション群が建ち並んでいますから、張継の時代の静けさまでは再現できません
ただただこの古鎮の風景を眺めることで、張継の心の一端だけでも感じることができれば、楓橋古鎮に来た甲斐があるというものやね
梵音閣
寒山寺の鐘は何代も継承されていて、今あるのは2007年に建造された大鐘
この大鐘は既存の鐘楼に入らないので、大鐘を入れるための建物をわざわざ建てなければならないほどなんやぁ
実はこの鐘のある建物、梵音閣は寒山寺の本堂などとは離れたところにあります
寒山寺の境内はとても広いのです
楓橋夜泊<張継>
月落ち烏ないて霜天に満つ 江楓漁火愁眠に対す 姑蘇城外の寒山寺 夜半の鐘声客船に至る
月は沈み夜烏が啼き、霜の降りる気配が天に満ち満ちて、冷え込んできた。
川岸の楓の木々の間には漁火が点々として、旅愁のためにうつらうつらとして眠れない私の目に映る。
もう夜明けも近いのかなと思っているところへ、姑蘇城外の寒山寺から打ちだされる夜半を告げる鐘の音が、私の乗っている旅の船にまで響いて来たのであった。
って…意味なんやって
日本ではない建物なんで楽しくなります
鉄鈴関
もともとは明の時代に倭寇から蘇州を守るために造られた3つの関所のうちの一つで、鉄砲や石で倭寇の攻撃を防いだ由緒ある建物なんです
中国~って…感じでしょ~
中国って…赤のイメージが強いよね
お土産売り場の通りには傘が…
雅やね
寒山寺
南北朝時代の梁(南朝)の天監年間(502年 - 519年)、武帝の時代に「妙利普院塔院」として創建されたとされます
寒山寺という現在の寺名は、唐代の貞観年間(627年 - 649年)に風狂の人寒山がこの地で草庵を結んだという伝承にちなむとされるんやって
襄陽出身の張継が、有名な「楓橋夜泊」を詠んだのは8世紀中頃のこととか…
「照壁墻」 と呼ばれるこの黄色い壁に刻まれた “ 寒山寺 ” という三文字は、周囲の景観と共にこの寺院の顔にもなっています
ここから有料エリア
20元で
日本円では400円
大雄宝殿
本堂にあたる大雄宝殿
仏事はここでおこなわれるんです
クスノキの一刀彫りで金色に彩色された釈迦牟尼仏、阿難、迦葉の像があり、脇には十八羅漢が並んでいました
キンキラの仏様…お好きですね
羅漢堂
中国の寺院でよく目にするのが、羅漢堂
その多くは、建物の中に入ると等身大より少し大きいかな?というサイズの何百人 (300~500体とか!) もの羅漢像が並んでいるんですが、「寒山寺」 の羅漢堂はいわばそのプチサイズ
中央に鎮座する仏様の背後のショーケースに、黄金のミニ羅漢像がズラ~リと並びます
羅漢堂独特のあの恐怖感 (ズラリと並ぶ中にいると怖いですよ) はありませんでした
普明宝塔
五層の塔は、2階まで登れるようになっています
塔の中に入ると、同じ (ように見える?) 姿の4体の仏像がそれぞれ東西南北を向いて座っています
苏州市枫桥路24号
続いてはぁ~
留園
「拙政園」 と 「留園」 は共に “中国四大庭園の1つ” として、また “世界文化遺産”として有名なんですが、「拙政園」 は明代、「留園」 はその後に続く清代個人庭園の代表傑作とも言われています
その敷地面積は約23,300平方m、「拙政園」 に次いで蘇州で2番目の広さなんやって
留園の歴史
清代庭園の代表とされていますが、歴史をさらに遡ると元は今から約500年前、明代万歴年間に造園された徐泰時(シュー タイシー)の個人庭園 「東園」 がその始まり
庭園の中部にある池やその西手にある築山などは当時から受継がれているそうです
徐泰時の死後、一時はこの 「東園」 も荒廃したのですが、清代末の1794年になって劉恕の手により拡張改築され、名称も 「寒碧山荘」、俗に 「劉園」 と呼ばれるようになりました
その後もさらに持ち主の変遷を繰り返し、光緒二年 (1876年) に改築された後には、庭園名も以前の名前 (劉=リィウ) から読みをそのままに、漢字は簡素化し「留園」と改められたそうな
明瑟楼
その、気になった建物が 「涵碧山房」 の脇に建つ建物「明瑟楼」
これを遠くから眺めると、船の形のように見えるんですって
この建物も、よく見ると六角形の窓が可愛い左右対称型やね
ニョキッと立ちはだかる 「冠雲峰」 が高さ6.5mの園内で最も有名な太湖石
池の北側に “冠雲”、“瑞雲”、“岫雲” と並んで立ち、留園内でも有名な姉妹三峰とされています
六角形の小亭 「冠雲亭」、さらに今や茶館として利用されている 「冠雲堂」 があります
中では地元の人か旅行者か、中国人客がお茶を飲み飲み世間話に花を咲かせていました
関空からラピートに乗り帰宅しました