祇王寺から最後は化野念仏寺へ
化野念仏寺 【あだしのねんぶつじ】
寺伝によれば、化野の地にお寺が建立されたのは、約千二百年前、弘法大師が、五智山如来寺を開創され、その後、法然上人の常念仏道場となり、現在、華西山東漸院念仏寺と称し浄土宗に属する。
「あだしの」は「化野」と記す。
「あだし」とははかない、むなしいとの意で、又「化」の字は「生」が化して「死」となり、この世に再び生まれ化る事や、極楽浄土に往来する願いなどを意図している。
この地は古来より葬送の地で、初めは風葬であったが、後世土葬となり人々が石仏を奉り、永遠の別離を悲しんだ所である。
青もみじが素敵な参道
秋の紅葉の時に来たくなりますよね
変った形の鳥居を見つけたぁ
通常見かける鳥居とは異なり貫(ぬき)が1本多く、横線が3本に
こちらはトーラナといい、ヒンドゥー教寺院などで見られる門なんやって
日本の神社鳥居の起源の1つではないかともいわれています
多くの寺院が存在する京都でも、トーラナはここでしか見ることができないそうなんよ
トーラナの先には仏舎利塔
びっしりとした石積みで、寺院の遺跡のような重厚な外観
上部に続く階段がありますが、通行禁止でした
本堂
正徳二年(1712)に寂道が中興したときに建てられたもので、堂中には鎌倉時代に湛慶が彫刻したという本尊 阿弥陀如来が安置されています
地蔵堂
地蔵堂に祀られている延命地蔵尊は、戒めに応じて様々な姿にかえ、悪いことや病気から守ってくださるお地蔵様です
水子地蔵
茅葺き屋根
素敵ですね
コロナも目処が経ったのでしょうね
お地蔵さまも一休みされてます
境内の奥には竹林の道が
嵐山の「竹林の小径」より少しだけ小ぶりですが、こちらは訪れる人も少なく写真に撮りやすいのがポイントでした
六面六体地蔵
六角形の各面それぞれに、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人道、天道の6つの世界「六道」を表すお地蔵さまが彫られています
天道から時計まわりに水をかけて罪を洗い流しながらお参りするそうですよ
色々なスポーツの姿をした可愛らしい狸さん達が…
「たぬき→他抜き→他を抜く」という語呂合わせから「他人より抜きん出る」 という願いが込められており、商売繁盛、開運、出世、招福、金運向上のご利益がある縁起物とされています
また、たぬきは夫婦愛が強く、パートナーと一生添い遂げることから「夫婦円満」を意味します
たぬきは『八相縁起(はっそうえんぎ)』と呼ばれる縁起を表しており、笠・目・笑顔・徳利・通い帳・大きなお腹・金袋・尻尾にはそれぞれ意味があります
【笠】
災難や悪事を避け、身を守ってくれる。
【目】
大きな目で周囲に気を配り、正しい判断をする。
【笑顔】
いつも笑顔でいることで商売繁盛につながる。
【徳利】
人徳を身につけ、飲食に困らない(商売が上手にいく)ように。
【通い帳】
お客様との信頼関係を上手く築けるように。
【大きなお腹】
冷静さと大胆な決断力を持つ。
【金袋】
金運に恵まれるように。
【尻尾】
終わりよければ全てよし。何事もしっかりした終わり方を。
鐘楼
梵鐘は、周辺の家々が鐘の音を聞いて昼食の準備をしていたことから、「茶沸かしの鐘」と呼ばれていたそうです
先代の梵鐘は戦時中に供出されたため、現在は昭和34年(1959年)に鋳造されたものが吊り下げられています
西院の河原
境内に奉る多くの石仏・石塔は往古あだしの一帯に葬られた人々のお墓が
何百年という歳月を経て無縁仏と化し、あだしのの山野に散乱埋没していたんです
明治中期に地元の人々の協力を得て集め、極楽浄土で阿弥陀仏の説法を聴く人々になぞらえ配列安祀してあるんやって
賽の河原に模して「西院の河原」と名付けられたとか
化野の地は、かつて鳥辺野(六道珍皇寺)・蓮台野(千本ゑんま堂)と並ぶ風葬の地であり、多くの亡骸が野ざらしとなっていたそうで、命の儚さを象徴するものとして歌にも詠まれました
その後、次第に土葬で死者を送るようになり、別れを惜しむ人々が石塔・石仏を奉納するようになりました
5つのパーツが積み重なる五輪塔
下から地輪・水輪・火輪・風輪・空輪と呼ばれており、丸や四角などそれぞれ異なった形をしています