モーツァルトの故郷は「塩の砦(城)」



ザルツブルクはオーストリア中北部にある

ザルツブルク州にある州都である

オーストリアの首都ウィーンから西に

300キロメートルほど行ったところにあり

モーツァルトの生誕地として知られている



ザルツブルクとは「塩(Salz)の砦(城 Burg)

という意味である

この辺には岩塩の鉱脈が走っていて、むかしから塩の



産地として名高かった

それゆえザルツブルクの近郊には

かつて岩塩を掘っていたという洞窟が

あちこちに見受けられる



塩は生命を維持するための必需品であるため

ザルツブルクは経済上重視されて

交通の要衝となった





ドイツに多い温泉地名は

古代ローマ人の風呂好きが原因


日本人の風呂好きは有名だが

風呂好きでは古代ローマ人も負けてはいない

古代ローマ人が採掘した温泉地は

当初はアクア(水)の複数形で「アクィ」と

呼ばれたが、後にラテン語で「エクス」

ゲルマン語で「バート」へと変形し

その意味も「温泉・鉱泉」へと移り変わった


ドイツ文化圏でバートとまたはその複数形の

「バーデン」と呼ばれる地名は

古代ローマ時代あるはその後に温泉や鉱泉が

湧き出した地と解釈して差し支えない

わが国でいえば、「湯村」や「湯沢」の「湯」に

相当するといっていいだろう


中世にドイツ語のバートがなまって

バスと呼ばれるようになったが

このバスが後に英語で「入浴・浴室」を意味する

名詞として使用されるようになったのである


本当の理由


768年即位したカール大帝の時代

フランク王国は最盛期を迎えたが

孫の時代には分裂し、崩壊した


東西フランク王国は分裂と同時に

フランスとドイツという国名を得たのではない

西フランクで「フランク」の名称が

「フランス」という国名として残ったのに対し

ゲルマン諸族を統治する国王を戴くのに

民族全体を表現する新たな名称を必要とした

その名称として、言語の場合と同じく

「民衆の」を意味する「テオディスク」が

使われた。この「テオディスク」が

「ドイッチュ」に転訛して

後に民族名や地理的名称となったのである