昨晩の投稿記事
http://ameblo.jp/mizo875/entry-11274467888.html
その後、お会いしたことがある方から
インターネット上でしかお会いしたことがない方まで
いろんな方から、心配のメールや励ましのメッセージを
いただきました。
すみません。
心配をおかけしまして。
僕は大丈夫です。
むしろ、元気になりました。
もやもやしていたものがとれたので。
行政と付き合ううちに、
なんか、助成金をとるためにとか、
農業者になるためにとか、
自分の意思ではないことが目的になってきていました。
2011年1月に脱サラしたときの自分の思いを
思い返しました。
「農業者」になるのが目標なのではなく、
「農業をする」のが目標だということ。
行政が示す農業者の要件を満たさなくても、
行政による助成が支援が受けられなくても、
農業をしたいと思う自分と、
そんな自分を応援したいと思っていただける消費者の方、
そんな自分に農地を使ってほしいと思ってくれる地主の方
この関係が築けさえすれば、
農業者にはなれなくても農業はできます。
「自称農家」です。
とりあえずは「自称農家」として頑張って
50a(5反歩)を耕作できる農地を持つ地主さん
そして、50aを自分一人でやりきれる技術
さらに、その野菜の売り先
が揃ったとき、きちんと「農業者」になればいい。
そう思うのです。
6年間、一部上場企業で働いていたので、
貯金は十分あります。
行政の助成金がなくてもやっていけます。
逆に行政の助成金を受けると窮屈になり、
自営業なのに自営業ではなくなる気がして、
そちらの方が不幸な気がしました。
自分の生き方を曲げてまで、
地主さんに迷惑をかけてまで、
無理に50aの農地を取得する必要はない。
みぞっち、変わったねと
学生時代の友人や、会社員時代の同僚とかから
よく言われます。
たぶん
・会社員時代の鬱
・母の死
・東日本大震災
・イタリア滞在
の四つの影響だと思います。
幸せだと思いながら死にたい
幸せ=そのときの自分が思うことを素直にやること
社会に迷惑をかけない、自分が幸せであること、
自分の幸せを大切な人に少しおすそわけできる
20代まではどこか社会に対する使命感みたいなものが
どこかあって、
こうあらなければならない
といったことばかり考えていた気がします。
若気のいたりというか、空回りというか…
もっと自分に正直に生きよう。
社会のために自分が犠牲になってはいけない。
そう思います。
農業者の要件は、所詮、農政に関わる昔の人が作ったもの。
そんなものにとらわれることはない。
自分が幸せと思える
農業の形をつくりたいと思っています。