3/17に書いた記事。
「仙台市若林区・荒浜地区の現状」
http://ameblo.jp/mizo875/entry-10833375459.html
三陸沿岸の街の被災の様子が
連日放送されているため、
なかなか目にすることがない「仙台市若林区」。
この記事を載せた後、
様々な方から、
「どんな状況か気になっていたが、写真が見れてよかった」
などのご意見をコメントやメールでいただきました。
お役に立つことができて、よかったです。
3/17は悪天候、危険さ、自衛隊による捜索活動中のため、
仙台東部道路を少し海側に踏み入れた程度でしたが、
荒浜海岸に通じる主要道路の瓦礫や土砂がある程度撤去されたため、
昨日、若林区でのボランティア活動終了後、
荒浜海岸(深沼海水浴場)の状況を目に焼き付けに
自転車で行ってきました。
僕は走ったのは、県道137号(荒浜原町線)
バス停でいうと、
神屋敷→笹新田西→笹新田→石場→南長沼→
荒浜小学校前→荒浜郵便局前→深沼
海の方へ向かいます
笹新田のあたりから、
電柱が倒れてしまっている光景が目立つようになります。
このあたりは田んぼだったようです。
津波により進入した海水がまだ引いていません。
荒浜小学校です。
唯一といってよいほど、建物がそのまま残っています。
ただ木が体育館を突き刺しています。
奥に見える松の並木の向こうが
深沼海水浴場です。
松並がとぎれとぎれになっています。
津波で松が一部なぎたおされています。
荒浜小学校を過ぎたあたりから、
家の形すらなくなり、
土台だけの光景になります。
荒浜郵便局も跡形ありません。
深沼海水浴場のトイレです。
地震で地面(砂浜)が陥没しています。
松の木が一方向を向いています。
深沼海水浴場です。
夏は仙台市民が海水浴、花火、バーベキューなどを
楽しむところです。
僕も夏になるとよく友達と遊びました。
海水浴場だけは、普段と同じ姿です。
アスファルトが崩壊しています。
引き返します。
鉄柵が塀にまとわりついています。
車がありえない状態にぐしゃぐしゃになっています。
荒浜地区では、200~300人の方の
ご遺体が見つかったそうです。
荒浜という街がまるごと一つ無くなっている。
中東の空爆後のような、
戦場のような、
仙台とは思えない光景でした。
荒浜で亡くなられた方々の
ご冥福をお祈り申し上げます。
僕は中学二年生のときに大阪で阪神大震災を経験し、
それから4年後の
大学一年生に、神戸の街にやってきました。
そのときには、本当にここが震災の街だったのか
と驚くほど、街がきれいになっていました。
心の傷はなかなかすぐには癒えません。
せめて、
見た目だけでもできるだけ早く元に戻って欲しい。
そして、街が復興することで、
心の傷を少しでも癒すことができたなら…
いずれ、農園での農業研修が再開されます。
でも、再開後も、休日などを使ってボランティアは続け、
仙台の復興に少しでも貢献できたらと
新たなる決意を固めた昨日でした。
荒浜の様子は、
これから定期的に写真におさめ、
復興の様子を見守り続けたいと思います。














































































