災害ボランティアの無力さ | みぞっちふぁーむとみぞ塾と日本語教師と学生と海外旅行と…

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2009年から2013年までやっていたこのブログを
2019年再開しました



今日は朝から雪。



脱サラアラサーの「農業はじめます!」農家研修1年目編




家の前の道路の割れが、余震の影響で

日に日に大きくなってきているような気がして、

少し不安です。



脱サラアラサーの「農業はじめます!」農家研修1年目編



本日から、

仙台市若林区の災害ボランティア受入れが

はじまりました。




■仙台市他の災害ボランティア受入れ■


【宮城野区】

新田東総合運動場(苦竹IC近く)

9:00~15:00(現地に直接)


【若林区】

若林区中央市民センター別棟2F(若林区役所隣)

9:00~15:00(現地に直接)


・宮城県、仙台市青葉区・太白区・泉区は調整中

 (太白区は仙台市体育館の予定だと聞いています)


・石巻(石巻専修大学)

 七ヶ浜でもボラセンが立ち上がっているようです


*自分の燃料、食料、宿泊先が

 確保されていることが参加条件です。

 (現地にボランティア用の燃料、食料、宿泊所はありません)




自転車で片道40分くらいの距離なので、

若林区の災害ボランティアセンターに登録してきました。



書類に記入。



脱サラアラサーの「農業はじめます!」農家研修1年目編





氏名、連絡先、緊急連絡先と

資格、技能などを記入し、提出します。


ボランティア保険に加入(費用はボラセンが負担)。




脱サラアラサーの「農業はじめます!」農家研修1年目編



公的な災害ボラセンは

ボランティア要請が来てから赴くというスタンスなので、

それまでは別室で待機となります。



この日は100人近い方が来られていました。


高校生、大学生、社会人まで様々。



脱サラアラサーの「農業はじめます!」農家研修1年目編

脱サラアラサーの「農業はじめます!」農家研修1年目編

脱サラアラサーの「農業はじめます!」農家研修1年目編


なんかもどかしいですが、

ボランティアが不安全行動をとっては元も子もないので

仕方ありません。




仙台市では、

昨日が宮城野区で、今日が若林区で

やっとボラセンが機能し始めたばかり。



本当にボランティアが必要な場所は、

今でも通信手段がままならず、

電気もなく、情報が手に入っていない状態なので、

ボラセンの存在すら知らない避難所、地域が多い。



ということで、

今日は避難所に赴いて、

ボラセンが立ち上がったことの広報(ビラ配り)が

メインの仕事でした。




ボラセン自体にも燃料がないので、

徒歩や自転車、どうしても遠い場所は車で乗り合い。




僕は、歩きで4号バイパス近くの

遠見塚小学校の避難所へ向かいました。




昨日までは単なる一市民だったので、

いろいろ写真を撮っていられたのですが、

ボランティアとして避難所に入ると

とてもそんな軽々しい行動はとれませんでした。



なので、

ほとんど文字だけとなりますが、ご了承ください。




体育館に入るとだいたい50人くらいの方が

生活されていました。


電気、ガスなどライフラインはまだ復旧していません。


まず異臭がしました。


糞尿の臭いです。


トイレ(災害用)は外にあるのですが

高齢者の方がたくさんいらっしゃる避難所なので、

大人用おむつを使う方が多い。


僕は学生時代、神戸で

特養老人ホームでボランティアしていた経験がありますが、

そのときのおむつ取替えの介助のときに

臭ったものと同じ臭いでした。


そんな臭いが充満する中で

人が暮らし、子供たちが笑顔で遊んでいる

そんな状況でした。





先ほども書いたのですが、

僕は学生時代にボランティアをしていました。


そのサークルは

阪神大震災のときに誕生したボランティアサークル。


http://kobeuniversityvolunteercoordinatecenter.community.officelive.com/default.aspx


僕は阪神大震災は中学校2年のときに経験したので、

このサークルに入ったときはもう

災害ボランティアというのは終わっていました。


ただ当時経験された方から話を聞くことはあったので、

ある程度、覚悟して望んだつもりだったのですが…


甘かった。





自宅からたった40分自転車で走っただけで、


・家を失った方

・家に帰れない方

・寒い思いをしている方

・食に不自由されている方

・連絡がとれない人がいる方

・持病があるのに耐えてる方

・人のために自分の身を削っている方


がいる。




自分はただ単に運がよかっただけだと実感しました。





笑顔で接してあげるよう、

ボラセンの担当の方から言われていたのですが…



笑顔でいるのが辛い



ビラを配りながら、どのような援助がほしいか聞きました。



・自分の家のライフラインがいつ復旧するのか知りたい

・炊き出しの手伝いをしてほしい

・家がないからやってもらうことがない

・家の片付け

・荷物を運びたい

・栄養士(献立)が作れる人がほしい

・安否が知りたい

・介護をしてほしい




僕はあくまでも災害ボランティアとして派遣された立場で、

活動時間は朝9時から昼3時までと決められており、

人命救助や看護、介護、医師などの特殊技能は持っていないので、

やれることは本当に限られます。



避難所の掃除をしたり、

炊き出しの手伝いをしたり

家の片付けを手伝ったりする程度。





もっと学生時代に災害ボランティアに出て経験していればよかった

せっかく老人ホームでボランティアしていたのだから、

せめてヘルパーの勉強と資格をとっておけばよかった



自分の無力さで、後悔でいっぱい。



何と声をかけていけばいいか分からない。




そんな中で、

活動時間は終わり、センターに戻りました。




10人くらいのグループを作って赴いたのですが、

行くときは

・自己紹介

・どこで被災した、家がどこ

・仕事は?

みたいな話を和気藹々としながら笑顔で行ったのですが、

帰るときは、声を発そうという人がほとんどいない。




現実を突きつけられました。




ボランティアが体調を崩してはいけない

ということで、3時に家に帰されました。



現地では、満足に寝られずに働いている

現地スタッフがいる中で。



もどかしいですが、

市から派遣されている以上、

勝手な行動はとってはいけません。


勝手な行動を起こして、

もし事故などが発生してしまっては市の責任になり、

災害ボランティア自体が存続できなくなります。




でもこんなんで、本当に人の力になれているのか。



とりあえず明日からも参加する予定です。



職場が再開されるまで。








遠見塚小学校には、

僕の生まれ故郷、大阪府堺市からの救援物資が

届いていました。



脱サラアラサーの「農業はじめます!」農家研修1年目編



毛布のようです。


元堺市民として、誇りを持つと同時に

感謝です。



ただ、一部が開封され、使われていますが、

ここは家の倒壊が少ない地区で

布団などは自宅から持ってこれる人が多く

開封されていない箱も多数ありました。




需要と供給のミスマッチが起きているようです。





さらにボラセンには物資がいろいろ届けられていますが、

分配されないまま残っているものがまだまだあります。




脱サラアラサーの「農業はじめます!」農家研修1年目編

脱サラアラサーの「農業はじめます!」農家研修1年目編




かつてない広域、かつ甚大な被害で、

どうすれば欲しい物がほしい場所に供給できるか

物流をどう確保すればいいか

いまだに頭を悩ませている様子です。







僕も災害ボランティアとして、

葛藤の日々が続きそうですが、

体調管理に気をつけながら、

明日からもできる範囲内のことをしていきたいと思います。




脱サラアラサーの「農業はじめます!」農家研修1年目編

脱サラアラサーの「農業はじめます!」農家研修1年目編

脱サラアラサーの「農業はじめます!」農家研修1年目編