かつてない大きな地震で昨日は完全パニックだった、みぞっちです
今日は朝からいろいろ情報を集めてきました
ピザ職人の友人、無事でした
自宅の壁はところどころ崩壊し、前の駐車場や道路は歪んだり切れてたりしました
僕の自宅は、西多賀から八木山へ向かう坂の途中にあり、周辺は小さなひび割れが目立つ程度なのですが、そこから、海、つまり長町に向かうと、被害がひどくなってきていました
チャリで、仙台の商店街に行ってみました
ほとんどの信号は消えており、警察による誘導は一カ所だけで、あとはお互いゆずりあい状態
原付二人乗りも警察は黙認してるような状態
まちは食料品を買い求める人たちでごった返してました
宮城県庁は緊急電源が動いており、暖房やテレビが見れました
また玄関では菓子パンの配布もしてました
テレビでちゃんと映像をみたのはこれがはじめてでした
大好きな宮城の変わり果てた様子に、涙がでそうになりました
宮城県、ほぼ全域で停電状態ですが、携帯の充電器を持ち込めば、県庁で充電可能です
農園で働いてる友達つながりでは水をもらえるとメールが来たので、大橋に行きました
水のお礼にパンを渡して、さよならしました
暗くなる前に、部屋の掃除をしなければならないので、帰宅
途中、緊急給水所の場所を確認
部屋の掃除をしながら、非常時に役立つ品々を集め、念のため、車に積んだりしました
都市ガスはストップしてますが、プロパンは復帰でしました
冷凍庫の肉や魚、このままだと腐って食べられなくなるので、まとめて適当に調理し、作りだめをしておきました
夕方、急いで給水所に行って、給水とトイレを済ませ、帰宅
今はもう真っ暗で、寝るだけです
政府からの救援物資はまったくなく、塩釜の方の空は一日中、黒い煙がたちこめ、ヘリが飛び交うという状況
テレビでちらっとみた限り、僕はかなり恵まれてる方なので、電気がなくても、水がなくても、情報が手に入らなくても、風呂に入れなくてもがまんです
阪神大震災も経験しましたが、そのときと違うのは、津波と被害範囲の広さと揺れ方
横に大きく揺れるのが、三分くらい続き、僕はそのときは農場の屋外で暴風対策のためにパイプを設営したりする、高所作業をしてました
たまたま地震の時は誰も高所におらず、パイプも固定し終わったときだったので、ケガなく皆、無事でした
屋外、しかも山形に近い山の場所であれだけの揺れだったのだから、海の方はものすごかっただろうと思います
30年前の宮城県沖地震を被災した園主さんも、これだけの揺れを岩盤の強い秋保で経験したのははじめて、と言ってました
広範囲の連動型のため、阪神のときと違って、ライフラインの断絶範囲がかなりの範囲で、生活機能が完全停止
津波も、今回、リアス式海岸、かつ沖から近い場所だったので、津波到達時刻が早く、かつ波が高いという、最悪な状況
とにかく、火事や取り残されてる方の救助が早く終わって、救援物資がちゃんと市民に届く体制をつくってほしいです
市民だけじゃなく、仕事や遊びでたまたま被災したという方も多いでしょうが、そういう家もない人に対する対応がちょっと足りないと思います
昨日といい今日といい、仙台の星空、たまらなく美しいです
100万都市でこの星はまずないですね
宮城や東北のみなさん、なんとかこれ以上の被害のでないよう、がんばりましょう