地震、本当に大変ですね…。昨日帰宅してテレビを見るまで、地震の被害がどんなに大きかったか知りませんでした。地震がまだ起こったりしてるけど、大きな被害がないことを祈っています。たくさんの人が助かりますように。
3/11の地震発生時、相方さんと一緒にディズニーランドに居ました。パレードが始まってすぐ地震がきて。その場でしゃがみ、余震がおさまるまで待機してました。建物内にいた人たちが外に出てきて、人がいっぱいでした。しばらくしてから少し移動することができて、広いところに行きました。するとまた大きな揺れがあって。またその場でしゃがんで待機。安全確認がとれるまで野外に居るしかなく、日が陰って寒くなってきたら子供やお年寄りや妊婦さん優先でカイロが配られました。雨が降ってきたら屋根のある場所に入れましたが、風も吹いて寒かったです。ビニール袋や段ボールが配られて寒さを凌ぎました。トイレには行列ができてました。しばらくしてから相方さんが避難所になっている建物を見つけてくれて、そこに行きました。暖房も効いていたし、お湯の配給もあって、冷えた身体が暖まりました。避難所は入れる人数に制限があり、入れない人達は暖房設備のない建物に避難し毛布や断熱シートのようなものを支給され段をとっていたようです。しばらくすると外でお土産用のお菓子の配給があり、室内に居る人たちで分けあって食べました。コーンポタージュとひじきごはんの配給がありました。その後も紅茶とオレンジジュース、水やお湯の配給が続きました。朝にはバンズとコーンポタージュの配給がありました。キャストさんはその間ずっと働きづめのようでしたが、疲れた顔を見せずいつでも明るい声と笑顔を絶やしませんでした。ほんとうに感謝です。キャストさんもふあんなはずなのに、一生懸命働いていて…。すごく助かりました。ありがとうございました。
夜が明けて午前中には餃子ドッグの配給もありました。キャストさんは歩きまわってひとつひとつの集団に声をかけ、配り歩いてました。餃子ドッグ美味しかった…。大変なときなのにお腹にしっかりものが入って、元気がでました。
東西線の途中運休からの復帰を聞いて、浦安駅まで徒歩で向かい、電車にのって飯田橋まで行って一息ついてから3/12の18:00くらいに帰宅しました。長旅でした。生きて帰ってこれてよかった。
今日は私の誕生日です。生きて迎えられて本当に幸せです。
3/11の地震発生時、相方さんと一緒にディズニーランドに居ました。パレードが始まってすぐ地震がきて。その場でしゃがみ、余震がおさまるまで待機してました。建物内にいた人たちが外に出てきて、人がいっぱいでした。しばらくしてから少し移動することができて、広いところに行きました。するとまた大きな揺れがあって。またその場でしゃがんで待機。安全確認がとれるまで野外に居るしかなく、日が陰って寒くなってきたら子供やお年寄りや妊婦さん優先でカイロが配られました。雨が降ってきたら屋根のある場所に入れましたが、風も吹いて寒かったです。ビニール袋や段ボールが配られて寒さを凌ぎました。トイレには行列ができてました。しばらくしてから相方さんが避難所になっている建物を見つけてくれて、そこに行きました。暖房も効いていたし、お湯の配給もあって、冷えた身体が暖まりました。避難所は入れる人数に制限があり、入れない人達は暖房設備のない建物に避難し毛布や断熱シートのようなものを支給され段をとっていたようです。しばらくすると外でお土産用のお菓子の配給があり、室内に居る人たちで分けあって食べました。コーンポタージュとひじきごはんの配給がありました。その後も紅茶とオレンジジュース、水やお湯の配給が続きました。朝にはバンズとコーンポタージュの配給がありました。キャストさんはその間ずっと働きづめのようでしたが、疲れた顔を見せずいつでも明るい声と笑顔を絶やしませんでした。ほんとうに感謝です。キャストさんもふあんなはずなのに、一生懸命働いていて…。すごく助かりました。ありがとうございました。
夜が明けて午前中には餃子ドッグの配給もありました。キャストさんは歩きまわってひとつひとつの集団に声をかけ、配り歩いてました。餃子ドッグ美味しかった…。大変なときなのにお腹にしっかりものが入って、元気がでました。
東西線の途中運休からの復帰を聞いて、浦安駅まで徒歩で向かい、電車にのって飯田橋まで行って一息ついてから3/12の18:00くらいに帰宅しました。長旅でした。生きて帰ってこれてよかった。
今日は私の誕生日です。生きて迎えられて本当に幸せです。