ご無沙汰してます。

年の始まりは何かを綴りたくなるらしく、ほぼ1年ぶりに来ました。


まずは2022年の振り返り。


就職しました。

上り調子のときと下り調子のときが、これまでの人生のなかで一番と言っていいほどはっきりわかりました。

就職前は、2日で辞めることを恐れていたようですが、難なくクリア。途中続けられるか怪しいところもありましたが、とりあえず次の異動までは頑張るつもりです。


2023年について。


色々やりたいことはあるけれど、今年こそは絶対に恋人が欲しいです。

2022年も好きな人がいたことはあって、初めて本格的なおデートやアプローチ的なものをしたんですが、ご縁なしとのことでした。

今年は自分から動いてみます。うまくいくといいな。


過去の好きな人はみんな今は嫌いになってしまったのですが、ずっとほんのりお気に入りのままなんだろうなと思う人がいます。

自分から諦めたし、表面上には諦めた理由は出てこないし、尊敬できるところの方が多いし、なんしろ職場の人だから毎日会ってるというのが違いかな。

まわりの人には言えないけれど、仕事面ではその人みたいになるのが目標です。


あとは、自分のネガティブな感情で世の中のストレスの総数を増やさないこと。

時には泣き寝入りという選択肢も持ちつつ、自分が壊れないように生きていきます。


そして何をとってもみんなの健康。

上に挙げたことは健康でないとできません。自分だけじゃなく、私に関わってくれるすべての人が健康でいることが、私の2023年を豊かに健やかにしてくれるんだと思います。


今年も豊かで健やかで、ポジティブなことがたくさん起こる1年でありますように。

こんばんは。
書きたかったので書きます。寝なきゃなのに。

親離れについて。
私は、小学生の頃を境に、育てやすい子になりました。
言われなくても勉強や提出物をそこそこやってたし、親への配布物は欠かさずに出していました。習い事も可もなく不可もなくやり、反抗期も好き嫌いもほとんどありませんでした。

月日は経ち、現在その反動なのか、家庭内の居心地の雲行きが怪しいです。
私が変わったのか、家族が変わったのか。よくわかりませんが、なんだかもやもやすることが増えました。

嫌なことは嫌と言うようになったり、ひとり時間が増えたり、環境の変化が控えていたり、いろんな要因が考えられます。

前と違うのは、「いつでも家を出られる状況である」ということです。
今までは親から何か言われても、結局養ってもらう身なので、何も言い返さないようにしていました。それに、親の方が正しいと信じて疑わなかったことも理由です。

でも最近は、就職を控え、嫌だったら出ていけばいいわけです。そして、親が絶対に正しいわけでもなさそう。反論できるほどの意見はないけど、なんかもやもやする。そんなふうに思うようになりました。

これまでそんな経験がなかったので、どうしたらいいかわかりません。
こういうときって、自分がどうしたいかが大事なんだろうけど、なかなかね、あれじゃないですか。

今すぐ家を出ることは考えていませんが、それも選択肢のひとつとして、しばらく考えてみたいと思います。
こんばんは。
さっき思ったことを書き留めたかったので、遅い時間ですが書いてます。

昨年出会った大尊敬の方に関することです。
彼に出会って私の人生はものすごく変わりました。
彩が増したり、日々の生活をもう少し面白くできないかなって考えてみたり。

中でも特に大きく変わったことのひとつに、「自分の気持ちを言語化する努力をするようになった」があります。
それまでの私は、「なんかもやもやする」をそのままにしておいたり、良いものを見ても「すごーい」で終わらせていたりしました。
それでもなんだかんだでやっていけたのですが、彼やその仲良しさん(文筆業をされてる方とか)に出会って、いろんな文章を読む中で、「自分の気持ちを言語化することってあんがい大事かも」と思うようになりました。

そこから、日記を始めたり、公演や本の鑑賞後は誰にも見せない感想文を書いたりするようになりました。
はじめはうっすーい内容だったし、感想もうっすーいことしか書けませんでした。
でも、4ヶ月ほど続けた今、言語化能力が高まってきている気がします。

そして、言語化能力が高まるにつれ、ちゃんと自分なりの視点を持てるようになりました。
この作品を通して伝えたいことはこうなんじゃないかなとか、それに対して私はこう思うよとか、身の回りで起きてるこれって本当はこうなんじゃないのとか。

これはおそらく、言語化するときに、自分の意見にいったん客観性が加わるからなんじゃないかなと思います。
「このもやもやを表すのに一番的確な表現はなんだろう」って考えたりするときに、です。

書き始めた頃は、まさかこんなに成長するとは思いませんでした。これからもちゃんと、言語化を続けます。

ちなみに今日、とある映像を見ていたら、彼も日記をつけている(もしくはつけていた)ことを知りました。
なんとなくそんな気はしてましたが、嬉しかったです。
まあ彼の日記は内面にアプローチしながらも、人に読ませても大丈夫な内容でしたけど。笑

こんばんは。

前回の記事のアクセス数が、あまりにも多くてびっくりしてます。

別にアクセスしてもらいやすい言葉とか入れてないのに。謎です。

 

ブログって一度書くと、そのあとちょくちょく書いてしまいます。

なので、特に書くことが思いついてないのに書いてます。

 

今日の私は一日中家にいました。

午前中にオンライン授業を2つ受けて、課題を出す。そして、今日は夕飯が遅い日なので、お昼ご飯を遅くしようと思って、空腹を耐えるためのお昼寝。

その後は、先日レンタルしたDVDを観ました。いつもの方の作品です。

私が生まれる前から作品を出しまくっているので、追いつくのが大変です。

今日観たDVDにも、私が生まれる前のものがあって、なんだかものすごく不思議な気持ちになりました。しかも、まだ私は当時の彼の年齢に達していない。不思議です。

 

彼と私は人生を駆け抜けるスピードが違うんだと思います。

小さい頃から自分の好きなことを突き詰めて、20代から芸能のお仕事だけで食べていけて、その後20年以上も何かをずうっとつくり続けている。

私は未だに何が好きで、何がやりたいのかわかりません。

いや、正式に言うと、好きなものはあるけれど、それは“自分がやる”というよりは、“観るのが好き”。だから仕事につながらない。

 

そんな私にも、何十年後にこうなっていたらいいな、というのはあります。

それは、田舎に住んで、土いじりをすることです。

元々ガールスカウトをやっていたこともあって、自然の中にいることが好きです。

自然では人疲れしないし、森のにおいとか、虫や鳥の声とか、そういうものにとても魅力を感じます。星や月も、綺麗に見えます。

しかも、太陽の動きに合わせて生活するから、体内時計が正確になりそう。

そこで自分の育てた野菜などを使った、健康的な料理を食べて生きていきたいです。

「最近全然外食してないわねえ」とか言いたい。

 

これから就職する会社がものすごく自分に合っていて、「天職だ!」って思えれば変わってきますが、今思い描いているビジョンはそれです。

体内時計が狂いまくっているので、こんな時間にせっせとブログを書いているダメダメ人間です。

こんばんは。
携帯を変え、顔認証デビューしました。

あと少しで、大学の授業がすべて終わります。
思えば、1年生のときは英語と韓国語、基礎のよくわかんない授業など、てんやわんやだった気がします。
2年生は必修科目が多くて、あんまり興味のない内容だったこともあってつまんなかったなあ。
3年生からやっと、自分の学びたいことを学びたいだけ勉強できた感じがします。韓国語に絞ったのは大きかったかな。
4年生は就活があって、終わっても精神的に疲弊してたので、授業を聞いた!って感じではないです。眠くて眠くて。

そんな4年間、学費の元をとった気は全くしないし、まさか2年間もオンラインになるとは思わなかったけれど、自分にはなかった価値観や考え方を少しばかり手に入れたと思います。
まあそれでも、バイトなり趣味なり、大学の授業以外で得たものの方が多かったかな。

4月からは社会人。不安しかないです。
たまにある研修でちょっとその不安が解消され、それが終わるとまた「不安だー!」っていう気持ちが頭を支配してしまいます。
でも、ちょっと客観的にみると、今からできる不安の解消法ってあると思うんです。
例えば、研修の知識を少しだけでもインプットしておくとか、生活リズムを直すとか。
今を楽しんで自分を甘やかすことは簡単だけれど、4月の自分がちょっとらくちんになるように。今からできることをしたいです。
たぶん、明日の朝にはサボりモードになっちゃうんだろうけど。
あけましておめでとうございます。
2022年になりました。

ブログを始めておそらく15年くらい経ちそうです。
もしかしたら今年が15周年かも。
あんまり書いていませんが、長く続けられている唯一のことなので、これからもほそぼそと続けていきたいと思っています。

今年は、就職という一大イベントがあります。
昨年、4月の頭に「新卒で入った会社を2日で辞めました」という投稿を目にしましたが、私はそうならないように頑張ります。
仕事の抱負はそれだけです。続けること。

プライベートでは、2021年に新しく好きになった方をずっと応援することが目標です。
飽き性ですが、この方ばかりは長くお世話になる気がします。

今までより人との関わりが多くなるであろう2022年。
これまでは人との境界線の薄さから、精神的にまいってしまったことが何度もありました。
ですが、これからはどうにか自分を強く持って、人に影響されすぎないような処世術を身につけていきたいと思っています。

2022年も、ちょこまか更新すると思いますので、どうぞよろしくお願いします。
年の瀬です。いかがお過ごしでしょうか。

私はというと、なんにも変わらない日々です。授業受けたり寝たりご飯食べたりお散歩したり。毎日楽しく過ごしております。

2021年があとちょっとで終わるということで、今年を振り返ってみようかなと思いブログを書いています。

今年は就活に始まり、8ヶ月以上も苦しめられてしまいました。当時はいい選択だったと思っていましたが、未だに自分の決断に自信がなくなるときがあります。
良くも悪くも、入ってみないとわからないことが盛りだくさんなので、とりあえず入社してみて決めたいと思います。

7月にはオリンピック。そして人生を変えてくださる方との出会いがありました。
彼に出会ってからの私は、人生が彩り出し、自分の軸を持とうと努力するようになりました。価値観も変わったし、彼のおかげで履修している授業もあります。
あと、ずっと憧れていた「好きなネタや作品でレポートを書く」に、今取り組めています。素晴らしい作品を分析するのはおこがましい気もしますが、限られた条件の中で最高のパフォーマンスをしなきゃ。
2022年もたくさん救っていただくんだろうな。

8月は韓国の大学でのオンライン留学。そして就活の終わりでした。
オンライン留学のことは、今でもたまに思い出します。今思うと、まわりとの実力差がものすごかったです。そんな私でも、純粋に楽しく韓国語を学べたのは、後にも先にもこのときだけです。日本の先生、なんかつまんないんだもの。またあの先生に習えるなら、私は韓国語の勉強を続けたいです。おそらく叶わぬ夢だけど。

9月からは授業が再開し、今に至ります。
その間、会社の研修に行ったり、ひとりでいろんなところに遊びに行ったり、インスタをやめたりしました。

インスタは、正直やめてよかったです。やめる前は「これで友達が減ったらどうしよう」なんて思っていましたが、元々そんなに友達が多くありませんでした。笑 SNSだけの関係だった人が多かったことにも気付きました。どうせ4月から新しい人間関係が始まるんだから、残っている人を大事にしようと思います。そもそもひとり大好き人間なので、数ヶ月間家族以外の人と会っていません。

そんなこんなで、ひとりの楽しみをたくさん知ることのできた1年だったかなと思います。
2022年、就職という大きな出来事がありますが、自分らしく頑張ります。

それでは、良いお年をお迎えください。

ご無沙汰しております。いかがお過ごしでしたか。

私は大きめの発表をひとつ終え、充実感たっぷりで過ごしております。

最近やっと、発表に自信が持てるようになったので、今日はそれについて少し書きます。

 

今回は、韓国語で15分間発表したあと、グループに分かれて議論をする、というものでした。ちなみにオンライン授業です。

テーマは自由で、おのおのが好きな内容について話します。

ほかの人は、日韓のいじめ問題、日韓の入試制度の違い、鬼とトッケビの違いなどをテーマにしていました。

 

その中で私は、「『82年生まれ、キムジヨン』からみる女性差別問題」をテーマにしました。

ほかの人と比べてください。重いでしょ。しかも、ちょっととかではなくかなり。

そんな重いテーマにした私はかなり後悔していました。

テーマの提出時点ではほかの人の内容を知らず、15分という数字に怯えた私はゼミで学んだ内容と関連していたので選びました。

資料や原稿をつくりながらも、「これ絶対重い。みんな聞いてくれないやつだ。」って思ってました。

 

そこで私は、いくつかの工夫をしました。

①発表前にちょっと場が和む一言を加える。

 これは、私が尊敬している方に教わった方法です。話す内容とあんまり関係なくても、その場のみんなが共感できる一言を挟むことで、聞き手との共通点ができて話しやすくなるそうです。今回は「お昼のあとで眠くなっちゃうかもしれないけれど、頑張って聞いていただけると嬉しいです」みたいなことを入れました。

②「みんなと考える」というスタンスをとる。

 ①と関連しますが、聞き手との距離感を縮めるために、私なりにたどりついた方法です。発表って、どうしても「私が調べたことを聞いて!」っていう姿勢を崩せません。なので、調べたことを伝えるだけじゃなく、「女性差別問題について一緒に考えたい」というスタンスにしました。これは態度だけではなくちゃんと文字と言葉にして伝えました。

③パワポに遊び心を加える。

 シンプルなパワポは、なんか「できる人感」があっていいです。でも私はちょっとクスッとなる、でも気が散らない、という程度のフリーイラストを入れました。これで重いテーマをちょっとでも考えやすくしたかったのです。

④発表の冒頭に、話す内容を提示する。

 今回は原稿があらかじめ聞き手に伝わっている発表だったのであまり意味がなかったかもしれませんが、目次みたいにして提示しました。これは聞き手というよりは、私が聞き手のときにそうしてもらえるとありがたいからです。あとどのくらいで終わるのかなーって思いながら聞くの嫌じゃないですか。

⑤言葉選びを工夫する。

 そもそも私の韓国語の語彙が少ないので自動的にそうなってしまいましたが、難しい言葉を入れないようにしました。辞書で調べないとわからない言葉は、パワポで日本語訳をつけました。こうすることで、みんなが等しく内容を理解できるから、議論も活発になりやすいと思います。(私調べ)

 

こんな感じです。発表が得意な方は自然にやっていることかも。

でも私はこれに気づくのに22年もかかってしまいました。今までの発表、全部やり直したい。

 

で、この工夫がどうだったのか、ということについてですが、予想以上に功を奏したようです。

グループ討論のとき、私の部屋は「発表者がいることで負担になってはいけない。知識量にも差があるし」と思ったので、短時間でさらっと終わらせました。ですが、各部屋を回った先生が「ほかのグループは意見が出過ぎて全然終わってないよ」とおっしゃっていました。

その後の共有の時間では予想の数倍、いろんな意見が出ました。

 

これまで緊張しいで発表が極度に苦手だった私ですが、大学生活を通していちばんうまくできました。

しかも、発表が成功したのと同じくらい、その突破口のいくつかに自分でたどりつけたことが嬉しかったです。

 

対面での発表はしばらくなさそうですが、社会人になってプレゼンなどをするときに活かせればなあと思っています!

こんばんは。

文章欲の高まりで、書きたいことが出てきたので書きます。

安定のブラウザ。パソコン版で。

 

ファンと芸能人との距離感について思うところがあります。

芸人さんのファンだった時(今もだけど)、そこまで売れていなかったのでDMとかリプとかを返してくれることがありました。

それってファンからしたらものすごく嬉しいじゃないですか。大好きな芸人さんと少しだけシークレットなやりとりができるから。

なので私も一時期送りまくってた時がありました。ストーリーを上げたらそれに対してリアクションしたり、ライブの告知に対して行きます報告をしたり。

その時はとっても楽しかったです。

 

でも、天性の気にしいの私は、少し文面がそっけなかったり既読だけだったりすると、過度に気にしてしまっていました。精神をすり減らしてたと思います。

 

そんなある日、とある芸人さんがDMでボケてきました。

今思えば、一般人相手にボケる芸人さんなんて、適当にあしらっておけばいいと割り切れます。がしかし、当時の私は何か気の利いたことを返さなきゃとぐるぐる考えて、最終的には送ったメッセージが既読無視でした。

普通に考えて無理です。気の利いた返しなんて。

改めて振り返ってみると、なんでそんな人が好きだったんだろうという言動が多いです。まあ盲目的だったんだろうなと思いますが。

 

ですが最近は、DMだけでなくリプもほとんど送りません。絶対に返してくれる人にも送らなくなりました。

ひとつはその方々への熱が絶頂期よりは冷めてるから。

もうひとつは、ファンとしての距離感を大切にしなきゃいけないなと思うようになったからです。

 

それによって精神をすり減らすくらいなら、いいねくらいに留めておきたいと思えるようになりました。

しかも芸人さんにとっても、私のひとつのメッセージでも、ネタを考える時間なり休息時間なりを奪われることになります。

 

どうしても送りたいなって思った時は、引用リツイートであくまでも感想として書く。そして、返してくれないことが分かってる人であれば書く。これに限ります。

読んでくれたらありがたいな〜くらいの気持ちで心を込めて。

仮に読んでなかったとしても心の充足感は保たれます。それで何か返されて、言葉選びに一喜一憂するより充足します。

 

とにかくまとまりがありませんが、これが私がたどり着いた結論です。

 

 

余談ですが。

今いちばん大好きな方は、基本的に返さない方なのでありがたいです。

この前どーうしても送りたくなったので、丁寧に何度も推敲して引用リツイートで送りました。読んでくださったか分からないけど、その分からなさが良いんです。

知らないファンから何件かいいねが来てちょっと嫌だったけど。

 

こんなことを考えられるようになって、私も少し大人になれたかなって思います。自分の生きやすい環境は自分でつくらなければ。