
サマセット・モーム 著
初めて読んだ高校生の時、ドキドキがとまらなかったのをよく覚えている。
画家のポール・ゴーギャンがモデル。
彼の友人の視点で物語が進む。
絵を描くために何もかも捨てた男。ロマンは感じるが、実際の暮らしは厳しい。
その才能を認めるわずかな人の支えと情熱。
彼にあるのはそれだけだ。
家族も証券会社の仕事も自ら手離してしまったのだから。
何度も彼を病魔が襲い、絵を評価してくれる人は増えない。
それでも描き続ける彼が行きついたのはタヒチ。
船乗りや農場での仕事を経て、かの地で結婚した彼は、
天国のようなタヒチを描きながら、ハンセン病で亡くなった。
表現したい想い、息遣いが伝わるような絵。
熱帯の植物、けだるい午後、鮮やかな色彩の鳥。
そこにさまざまな感情を閉じ込めた表情の人々がいる。
死後多くの人が認めた才能が、極貧の時期に少しでも理解されていたら、
……悔しいがそれが芸術の厳しさなのだろう。
私は絵が好きだった。
才能のかけらもなかったけれど、もう少し学んでみたいと思ったこともあった。
しかし、そんな学校もない田舎住まいでは、私の希望は非行と同義だった。
おそらくその道に進んでも、せいぜい量産型グラフィックデザイナーが関の山で
あったろう。それでも描く楽しさを感じていた私に、この物語は“響いた”のだ。
今読み返すと、主人公の捨てられた家族や、重病の彼を世話したばかりに妻の心を
奪われた医師など、周辺の人の想いが気になる。
はた迷惑としかいいようがないが、それを貫き通した芸術家に畏敬の念を覚える。