先月、愛犬を見送り。
死という現象に触れることは、
何かを失くすよりむしろ、
はかりしれないほど多くのものをもたらすものだなということを
今、改めて実感しています。
これまで、大切な存在の死を通して、
何度も心揺さぶられたり、時には死に圧倒されて心閉ざしたりしてきた自分が、
宇宙の理のその末端のようなところにほんの少しでも触れながら、
そういう中で、今はどう感じるのかということを、
リアルタイムで感じていくような不思議なゾーンにいた(いる)ことを思います。
愛犬の姿を通して目の前で見ている変化、その変化に応じて経験していることが日々ありながらも、
その全体性のようなものはどこかシンとしていて、
為されるべくことが粛々と為されている大きなドームのようなものの中に、
すっぽりと包まれているような不思議な感覚...
命の営みの全てをただつぶさにみていくことは、どうみえてもどう在っても、その価値は不変なのだということに直に触れ続けていくような体験でした。
と同時に、できることを必死にやりながら、その中で揺れる感情や思いが次々生まれてもきます。
だけれど、それらはどんなに湧いてきても、そのシンとした空気感に包まれているドームのようなものの中にあるんですよね。
色んな感情や思いが次々と湧いてくる。
だけれど、それらをどうにかしようとする境地にはいない。
ただ気づいている...
そんな感じでしょうか。
以前の私はとても理解できないし、感情のままに感じ、取り乱したり心を閉じたりすることが自然でした。
感じ方捉え方に決まった正解はなく、ただその時にやってくるもの、それがその時の正解といえば正解なのでしょう。
ただ、感情に支配されない境地、死すらも特別なものや別格なものにしないその境地は、今の私にとって、安寧そのものでした。
そのことを、この時間を外した日に記しておきたくなりました。
読んでくださり、ありがとうございます。
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