ひとりぼっちになってはいけない からの解放
新学期が始まり、新しいクラス新しい友達新しい先生。手さぐり感があってソワソワします、親の私が。いつも娘が学校でのことを色々話してくれる。その中の1つに、私は身体が固まるようなゾワゾワ嫌な感覚になった。休み時間にひとりで運動場に遊びに行った。ブランコもすべり台も満員で遊べなかったので、ただただ運動場を走り回っていたと。ふつうに娘は話してくれるのだけど、咄嗟に出てくる反応は、えっ?ひとりで?ひとりで外に遊びに行ったん?ひとりで遊んでるってかわいそうみじめ自分の思い込みや決めつけでひとりぼっちはかわいそうってひとりぼっちはみじめって出てきた。 私の身体が感じるものは、胸がギューっ締めつけられるゾワゾワ嫌なことが起こる流れに入った暗いところ周りが闇のように暗い息が吸えない穴に落ちていくような身体にグッと力が入って固まるそんな感覚になった。感じきれるまで出してあげると、落ち着いてきてひとりぼっちはかわいそうひとりぼっちはみじめホントにそうなんかなー、、、ちがう角度から見るとどうなんだろう、、、自分のやりたいことできるひとりぼっちはダメだからと、ウマが合わない人の中に入って自分を苦しめてる方が惨め自分が楽しかったらそれでいい私もひとりぼっちの時あるもんなー会議に出てアウェイの時とか誰かと誰かが話ししてて、今、自分はひとりですみたいな時とかバレーボールの準備体操してて、隣同士色んなところで話ししてる人達いるけど、私は話してないって時も、その時の一点を切り取ったらひとりの時かも知れないけど、ずっとそんなことが続くわけではないし、話したい時は話すし、無理に話題に合わせようと見繕ってない。ひとりの時があってもいいやんって自然に思えてきた。ひとりでいる自分のことも認める。そうだよねー、ひとりの時があってもいいやんひとりでいることを、ひとり「ぼっち」と瞬時に置き換える思い込み、決めつけ、私の癖だなーと気づけた。そうすると、娘が他に話ししてくれてた今日隣の子に話しかけてお友達になったよとか、宿題見せ合いっこしたよとか、友達といる場面も見えてくる見えてくる。ひとりぼっちになってはいけないと思い込んでいた時は、一瞬たりともひとりで過ごす時間があってはならないと思っていたけれど、ひとりの時があってもいい と思えるようになった。ひとつ手放せた♡ひとつ柔らかくなった♡