スキンシップを求めて

 

 

娘は入院中、

殆ど毎日脚のマッサージを要求してきました。

 

脚が太くなることを何よりも気にしていたので

寝る前になると

「ママ、マッサージ・・」

と足を出してきます足

 

痩せほそって触れなくても骨がわかる脚

張りも潤いもないカサカサの皮膚

 

まるでおばあちゃんの脚みたいで

触れるたびに悲しく、

辛い気持ちになりました悲しい

 

 

 

 

だた私は当時アロマセラピーを学んでいて、

アロマオイルを使ってのマッサージを

していたために

 

香りが部屋の中を漂う瞬間は

私もフッと気持ちが穏やかになる

時間でもありましたラブラブ

 

 

 

毎日毎日、娘の脚を触れる

 

ママは何もわかっていない!と娘は言っていて

私にも壁を作っていた娘でしたが、

その時だけは娘と心が通う気がして

 

娘の体温を感じつつ

私が理解しきれていない娘の心を

手から感じ取ろうとしていました。

 

 

 

 

マッサージは退院しても続き、

娘には言えませんでしたが手首を痛めて

しまった時もあります笑。

 

セラピストの資格を持っているわけでは

ないので力の入れ具合や手の使い方も

間違っていたんでしょうね昇天

 

 

 

私も体力の限界があり

できない時は断りましたが、

マッサージをしないと落ち着けない娘。

 

必死に脚を気にする様子は

まるで何かに取り憑かれているような感じで

 

どうやったらこの執着から

抜け出させることができるだろう?

と途方に暮れながら脚をマッサージしていた

時もありました。

 

 

 

 

「マッサージ」

の言葉を聞くたびに気持ちが重くなるガーン

 

でも、その時間だけは娘がぽつりぽつりと

自分の気持ちを話す時間でもあったため

 

互いに内側の会話ができて

理解し合えるような気がして嬉しかったです

 

 

 

 

ママは何もわかっていない!

私は寂しかった!

 

これは入院してすぐに娘に言われた言葉です。

 

 

 

私としては必死に子育てしてきたつもりでも、

娘にとっては違っていた。

どれだけ私が愛情をかけていたと思っていても

娘が感じていることが全て。

 

私の中の「親子」という関係性に対する理解は

思い込みで、

 

いかに刷り込み・洗脳とも言えるような

社会の価値観で娘を見ていたかに気づいたのは

だいぶ後になってからでした。

 

 

 

 

当時はその寂しい気持ちを埋めるように

娘は毎日毎日スキンシップを求める・・・

 

私はそれに応えるようにマッサージをしながら

私の何が違っていたのか?

どう自分を直したら娘が笑ってくれるのか?

 

過去を回想しつつ自分に問う

そんな時間でした。

 

 

 

 

いつしか気がついたらマッサージの時間は

無くなりましたが、

あの時娘の脚に触れていた時間は

今となっては大事な時間であったなと

思っていますラブラブ

 

 

 

 

摂食障害の症状がひどい時

対応する側も正直投げ出したくなる時は

沢山あります。

 

正解なのかもわからない事を

やっていかなければならない。

 

必死でしたけど不安でしょうがなかったアセアセ

 

それでも今私が投げ出したら

他の誰が娘を救えるのか?

 

そう自分に言いながら私は進んできました。

 

 

 

 

辛い時、

何も良いことは考えられないかもしれません。

 

でも頭の中に未来の私はこうありたいんだ!

っていう光景を細かく思い描いてみてください。

 

何もできなくても、

思い描くだけで自分がブレずにいられますニコニコ

 

自分がブレずにいられたら

進みたい道は必ず開きますキラキラキラキラ

 

 

 

 

今日はここまで飛び出すハート

最後までお読みいただき

ありがとうございましたラブラブ

 

 

miyuki