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2024年8月16日読了

 

内容

第171回芥川賞受賞作。
古くなった建外装修繕を専門とする新田テック建装に、内装リフォーム会社から転職して2年。

会社の付き合いを極力避けてきた波多は同僚に誘われるまま六甲山登山に参加する。

その後、社内登山グループは正式な登山部となり、

波多も親睦を図る目的の気楽な活動をするようになっていたが、

職人気質で変人扱いされ孤立しているベテラン社員妻鹿があえて

登山路を外れる難易度の高い登山「バリ山行」をしていることを知ると……。
 

第171回芥川賞受賞作品ということで手に取りました。

 

内装リフォーム会社からリストラされて新田テック建装に再就職した波多。

同僚に六甲山登山に誘われて参加をし、その後社内の登山部へ入ることとなる。

その社内の親睦を兼ねての登山部内でただ一人登山路を外れる難易度の高い登山

「バリ山行」をしている妻鹿がしていることを知り波多も同行することとなるが・・・

山を通して仕事と人生の生き方を描いた純文山岳小説。

 

芥川賞受賞作品となると純文学が多いので

時々理解するのにやや難しい作品に出会うことがありますが、

この作品はそんなことは一切なくとても読みやすく

山の風景や緑の美しさ、木々や草花の匂い、山の空気、

山を登っている時の息遣いや心理などの描写が細かくて、

とてもリアル感と躍動感に満ちている作品でした。

 

バリ山行に同行したばかりの頃の波多は、

妻鹿のことを一匹狼とまではいかなくても

少しうがった見方をしていたけれど、同行した後の波多は

妻鹿と同行した時に放った言葉の一つ一つを反芻しながら

自分の人生と照らし合わせながらその後の人生を歩んでいく

こととなるので、登山というのは奥深いものだなとしみじみと思いました。

 

文中にあった

誰にも会わずに淡々と小径を歩いていると、聞こえるのは山の音だけ、

あとは自分の呼吸と足音。それが混ざって、なんか気が遠くなってボーッとなって。

もう自分も山も関係なくて、境目もなくて、みんな溶け合うような感覚。

もう自分は何ものでもなくて、満たされる感じになるんだよ。

という山と自然との一体感の感覚がとても心地よく思え、

こんな風に山と向き合えることが出来るなんて幸せな時間だなと思いました。

もし自分が登山をすることがあったらこんな気持ちになれるのか?

と思ってしまいました。

 

妻鹿は登山だけでなく、登山を通してしっかりと地に着いた

人生の歩き方をしていてこんな先輩に人生の大事な時に

出逢えるというのは波多にとって良かったなと思うと同時に

波多の今後の人生も自分らしく生きて欲しいなと思いました。

 

山岳小説は何冊か読んだことがありますが、

通常の登山ではなく、ここでは敢えて険しい道を自ら探しながら

登山をするという特有なバリ山行があり、

このバリ山行が山登りの魅力を更に引き付けられました。

本格的な登山の経験もなく、むしろ登山とは無縁な生活を

送っていますが、この作品を読むと山に行きたくなる気分にもなり

少しくらい登山をしてみたいなという気持ちにもなりました。

実際はこんな簡単にはいかないと思いますが、

それくらい心を動かされる作品でした。

 

本の表紙の赤線は登山ルートのバリになっていて、

本自体にはタータンチェックのマスキングテープになっているのを

見て、益々この本の丁寧な作り方に嬉しく思いました。

 

松永さんの作品はこれが初見なので、

これをきっかけに他の作品も読んでみたいと思います。