2024年6月17日読了

 

内容

その女は愛する男を殺し、陰部を切り取り逃亡した――
脚本家の吉弥は、少年時代に昭和の猟奇殺人として知られる「阿部定事件」に遭遇。
以来、ゆえあって定の関係者を探し出し、証言を集め続けてきた。
定の幼なじみ、初めての男、遊郭に売った女衒、更生を促した学校長、

被害者の妻、そして、事件から三十数年が経ち、小料理屋の女将となっていた阿部定自身……。
それぞれの証言が交錯する果てに、定の胸に宿る“真実”が溢れだす。
性愛の極致を、人間の業を、圧倒的な筆力で描き出す比類なき評伝小説。
作家デビュー三十周年記念大作!

 

昭和初期に起きた猟奇的殺人として有名な「阿部定事件」の阿部定を取り上げた作品。

脚本家の吉弥が少年時代に遭遇されたこの事件を

それぞれの証言をもとにして親友の映画監督Rが映画製作をしようと提言し、

脚本を依頼するという評伝小説。

 

事件を遭遇していた吉弥が自分の生い立ちを遡り父親とその相手のことについて

本当のことを知りたいという一心から、阿部定に関係した人物から

長年にわたって取材した証言内容が基礎となって内容が進められています。

この事件がグロエロ事件ということだけあって、

それそれの証言ではかなり深く切り込んで当時の事が描かれているので、

血なまぐささや生々しいことが描かれています。

これが女性作家の村山さんが書いているというのにも

また驚くばかりです。

女性からの視点で阿部定のことが描かれているようにも思え、

まるで実存して目の前で話しているように思えました。

 

この作品を読む限りでは、

ただ一言ですざまじい女性という印象が強かったです。

男性関係が途切れることなく、そして生きることに精一杯だった

という印象も強いです。

けれどその裏側には幼い頃の家庭環境が多く影響していて、

両親からの愛情に飢えていたのかもしれないと思いました。

特に男性に優しくしてもらうと尽くしてしまい、

男性以上の愛情を求めてしまい、どんどんとその人に対して

のめり込んでしまい、少しでも自分への気持ちが薄らいでしまうと

激怒してしまう性格。

常に寂しさに飢えていたのかもしれないです。

その究極だったのが被害者の石田だったのかもしれないです。

こんな事件を起こしてしまった阿部定も悪いのは理解できますが、

彼女だけでなく男性にもその原因は少なからずあったと思ってしまう

事項がいくつもあるので、何とも心苦しい所がありました。

もしこの最後の男性が今までの男性とは違った行いをしていれば

こんな残酷な事件も起きなかったかもしれないなとも思いました。

 

なかなか濃密で生々しい内容の作品なので、

勢いがないと読めなかったですが、

証言者の語り口調がそれぞれ特徴が印象的でした。

とても阿部定全部理解するまでには及ばないですが、

虚しさや寂しさ、人を愛するということを

真っ直ぐにして生きていた女性なのだと思いました。

最後には心穏やかな定になっていたので、

心がほっとしたとしましたが、実際の所は分からないですが、

実際にもこんな風になっていたのならば幸いだとも思えました。

阿部定にも「凄い」と思わされましたが、

これを描いた村山さんも「凄い」としか言えない作品でした。

作家デビュー三十周年にふさわしい力作だと思いました。