【イノチのあり方 オンライン講座 木曜1期】開催のお知らせ
・「個の命」と「いのちの流れ」について
・本来の「いのち」のあり方とは・・・
・私たちが日常的に考えている「命」と「本来のいのち」の違いは・・・
②「いのちから生まれる『本当の存在価値』」(3月21日・月)
・「個の命」が生み出す自己肯定感と「いのちの流れ」が生み出す存在価値
・本来の「いのち」のあり方を知ることで、「生きるうえでの苦しみ」は作られたものであることを知る
・「いのち」より先に「生」があることで起きること
③「すべては流れ続けるために・・・」(4月18日・月)
・「生」と「死」の意味を考える
☆すべて20時から21時半までとなります。
詳細・お申込みはこちら
今回の講座は、受講料の3割を能登半島地震で被害に遭われた方へ寄付させていただきます。
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その日、渓太郎は奇跡の日を迎えた。
―――渓太郎が「余命3ヶ月」と告げられたのは、生後5か月の時だった。
医師から宣告を受けてしばらくすると、私は病室の中で渓太郎の月齢の「5」に、余命の月数「3」を足してみた。
右手の指を「6、7、8・・・」と三本折ると、「8」でとまった。
(生後8ヶ月で・・・。渓ちゃんはお誕生日も迎えられないの・・・)
それでもなんとか希望を見出せないかと、私はそこからまた引き続き、12か月(1歳)になるまでの月数を足した。
指が3本折られたところに「9、10」まで行くと右手の指が全部折られ、バトンタッチされた左手で「11、12・・・」、と「12」まで折ると、左手の指は2本折られた。
お誕生日までには、7か月も・・・。
―――渓太郎の誕生日は、そんな状況を乗り越えた奇跡の日だった。
(ぼくのお誕生日?なにそれ?)
「渓ちゃん、お誕生日おめでとう!」と言うと、うれし涙の中に切ない涙が溶け込んだ。
(きっと、最初で最後の誕生日・・・。この光景を目に焼き付けよう)
瞬きをすることさえ躊躇するほど、私は1歳を迎えた渓太郎の姿を見つめ続けた。
渓ちゃん、誕生日を迎えてくれてありがとう。
一年間、生きてくれて本当にありがとう。
そして、そのまま続けて、「来年もまた、お誕生日迎えようね!」と言いたくなる私を(ここまで生きてくれただけで奇跡だね。それだけで十分幸せだね)と説得したのは、これまで何度も見てきた、抗がん剤の副作用でぐったりとする渓太郎の姿だった。
逆縁経験者にはよくあることなのだけれど、この時から、「毎年巡ってくる(可能性の高い)誕生日」をどのように受け止めたらいいのかわからなくなった。
「恒例行事」なのか、それとも「特別な日」なのか・・・
そんな私も先日、53歳の誕生日を迎えた。
(娘が用意してくれたバースデーケーキ。ありがとう♡ なぜか「みーちゃん」笑)
「今年はね、イチゴのチーズケーキにしたよ!」
「去年はチーズじゃなかったよね。おいしそうだね!!ありがとう!!」
やはりこれは恒例行事なのだ。
「特別な日」と思えるのも幸せなのだけれど、私はきっと、「恒例行事がまた今年も・・・」と思えた方がしみじみとした幸せを味わえる。
だって・・・
「恒例」「通常」「当たり前」、どれもあの時の私が憧れた言葉なのだから。
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