こんにちは。幸せを運ぶ語りびと 中村美幸です。ご訪問下さり、ありがとうございます。

このブログでは、小児がんを患った長男(渓太郎)との闘病、別れを通して知った「幸せ」や「愛」、「命」「生きること」について綴らせていただいています。

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現在こちらのブログにて、著書『その心をいじめないで』の内容を無料公開させていただいております。(ページ順は不同となります)

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【コロナウイルスが蔓延していても、いなかったとしても天使の声は変わらないから…】

 

足もとの奇跡に気がついて……②

 

「おはようございます」

 病室のドアを開けて回診に訪れたのは、主治医の小林先生ではなく、珍しく腫瘍科部長の石井栄三郎先生だった。

(えっ!また、なにかあったのかな?)と心臓がドキリとした。

 これまでの経験から、石井先生が病室に来るのは「がんの転移」「治療の限界」「延命治療の選択」などと、決まって良くない報告があるときだ。

 だけど、延命治療と同時に命のカウントダウンが始まっている渓太郎に、これ以上悪い知らせなどないはず……だから、(この胸騒ぎは単なる条件反射)だと思ったが、それとなく遠回しに探りを入れた。

「きょうは、石井先生が診察してくれるんですね?」

「はい。ボクが『モシモシ』させてもらいます」

 穏やかな表情で答えると、今度はベッドの渓太郎に話しかけた。

「渓太郎くん、おはよう。きょうは小林先生じゃなくて、ごめんね」

(やっぱり、たまたま石井先生が来てくれただけなんだ。奇跡なんてそうそう起きるはずないよね)

「きょうは、いいお知らせがあって来ました。お母さん!新しい薬が開発されました!」

 一瞬、よぎった奇跡の到来だったのだが……。

 

「1㌫の可能性がなかったとしても、私は0.1㌫や0.01㌫の奇跡を信じたいです!」

 延命治療を選択した直後に、私が叫んだ言葉。

(渓太郎は、ある意味で奇跡的な確率で、こんな病気になったんだから、治る奇跡だって起きてもおかしくはない)

 変な理屈をこねくり回しても、虚しさが込み上げるばかり。

 ちょうど、そのとき――。

 触診を終えた先生が、渓太郎の首元からお腹まで優しくなでながら、小さな体を尊ぶようにささやいた。

「ここまで渓太郎くんが生きてくれているのは、奇跡かもしれません」

 

――奇跡は、ずっと足もとで起きていた。

(渓ちゃん、ごめんね。お母さん、気が付かなくて……)

 

【悲しさと寂しさと、そして優しさと愛のカタチ①】をお届けします。  

 
これまでの公開頁は、以下よりご覧いただけます。

【選ばれて生きた500日もの「いのちの時間」】

【小さな幸せ……数えられますか?】

【小さな幸せ……数えられますか?――闘病生活】

【小さな幸せ……数えられますか?――闘病生活②】

【小さな幸せ……数えられますか?――闘病生活③】

【小さな幸せ……数えられますか?――闘病生活④】

【小さな幸せ……数えられますか?――アニメにはじけるステキな少年】

【小さな幸せ……数えられますか?――アニメにはじめるステキな少年②】

【足もとを見て……そこに〝幸せの奇跡〟】

【試練は、幸せの詰め合わせ】

【そこに〝いる〟だけでいい】

【その涙の本当の理由(わけ)】

【自分を責めることで欲しかったもの】

【どうして「生存率ゼロ」の病気で生まれて来たの?】

【今を生きる――小児がんの子の母として】

【足もとの奇跡に気がついて①】

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